11 始まりの刻
「……と! ……ユイト!」
聞き慣れた声が俺の名前を呼んでいる。
「……ん~」
そんな近くで大声出すなよ。うるさいだろ……
まどろみの中にいる俺は、そう思う。
「ユイト! よかった!」
不意にギュッと抱きしめられる。
「……ん?」
まだ完全に覚醒しきっていない頭で、俺は涙目で抱きついてくるルナを見て、次いで近くにいた歌姫を見る。
「……あ」
「『あ』じゃないよ! どれだけ心配したと思ってるの!」
ルナが泣きそうな顔で怒鳴ってくる。
「えっと、ご、ごめん」
「『ごめん』じゃないよ……ホント、ユイトは……」
「ユイト。ルナに感謝しなよ。彼女の魔力回復の魔法がなかったら、今頃三途の川を泳いでた頃だろうからね」
見かねた歌姫が、俺にそう言ってくる。
ルナは俺限定だが、傷を治す治癒魔法だけでなく、魔力を回復させる回復魔法も使える。
ただし、傷の完治にも一時間、魔力の完全回復にも一時間かかり、途中で中断するとまったく効果がなくなるという欠点はあるが。
「魔法使いにとって魔力は命そのもの。完全に空になるまで戦うなんて、ユイト。あんた本当によく生きてたよ。まあ、ルナがいなかったら百パーセント死んでただろうけど」
あ……そういえば、そうだった。
「ねぇ、ユイト」
俺に抱きついたままのルナが顔を上げる。
「今、『そういえば、そうだった』って顔したよね」
「え……いや、それは」
ヤバい。ルナに誤魔化しは通じない。
「ユイト! いくら魔法使いになったのが半年前だからって、魔法使いにとって当たり前の常識で、しかも一番大切なこと忘れてたって、どういうこと?」
「……あ、いや、あの時は必死だったから……って、そういえば、あの銀髪の少女はどこに?」
俺は懸命に話題を逸らそうとする。
「……」
ジーッと半眼で俺を睨むルナ。
彼女に代わって、歌姫が応える。
「私が目を覚ました時には、もう姿を消していたよ」
「……そうですか」
「ところで、よく倒したね、あの化け物を」
「いえ、倒したわけでは……」
俺は少女と友達になろうとしただけ。
少女が怯えないように、一時的に魔法使いとしての自分を殺して。
銀髪少女――ナイは化け物なんかじゃない。
この地獄で必死に生き抜こうとした、怖がりだけど強い女の子。
彼女の心に……ほんの少しでもいい、何か届いただろうか?
願わくば、もう一度会って、もっときちんと話をしたい。
ナイが怯えることなく、生きれるように。
「さて、何はともあれ、ユイトは半年間で超強くなったね」
先程まで涙目だったのに、ルナは一瞬で切り替えていた。
「そろそろ、外の世界に行こうか」
しかし俺はそんなルナの言葉を拒否する。
「悪いけど、少し待ってくれないか。あの銀髪の少女ともう一度会うまで」
「その必要はないと思うよ」
「え、どうして?」
気軽に言うルナに、俺は聞き返す。
「大丈夫。時が来れば、また会えるよ」
「……それは、おまえの予知か?」
「うん。私の魔法のすごさは知ってるでしょ?」
確かによく知っている。
だが、予知に関してだけは、一度も当たったところを見たことない。
正直、魔法使いになれるというから、俺は最初ルナの話に乗った。
そして成り行きで『地獄の森』で修行し、今に至る。
「その顔は疑ってるね。確かに私の予知は、当たったかどうかすぐには分からない。でも、すでにいくつか当たったモノもあるでしょ?」
……何かあったか?
「いや、ほら、ユイトが魔法使いになるとか、『地獄の森』で生き残るってやつだよ」
「……え、あれ予知だったのか?」
「もちろん。でないと、戦闘力皆無の私がこんな場所に来るわけないでしょ。ユイトは死なない。私に惚れているユイトは、生きている限り私を絶対に守ってくる。だから私は死なない。ほらね?」
いや、ほらね、じゃねぇよ。
あと勝手に、俺がおまえに惚れてるとか決めるな。
「というか、俺が死なないって分かってたなら、なんでさっき泣いてたんだよ」
「………………え、誰が泣いてたの?」
ニヤリ。
「そっか。ルナは自分の予知を忘れるくらい、俺のこと心配してくれたんだな。ありがとう。よしよし」
俺はルナの頭をなでなで。
「ち、違うもん。泣いてないもん!」
なんだ、その可愛い口調。
「はいはい。分かった。分かった」
「その顔は絶対、分かってない!」
……そんな俺たちを見て、歌姫が小声で「もう結婚したら」と呟いた。
そして、出発の時が来た。
「そんじゃあ、またね」
歌姫の挨拶はものすごく軽かった。
しかし、しみったれた雰囲気を嫌う歌姫らしい言葉だった。
「はい、また今度」
「またねー」
俺とルナも彼女に倣って、笑顔でそう言う。
「それじゃあ、ユイト。行くよ」
「ああ」
歌姫に見送られ、俺たちはルナの移動魔法で『地獄の森』の外へ――
ようやく物語の序章が終わる。




