10 温もり
そもそも十二歳くらいの少女が、この場所に――『地獄の森』にいるわけがない。
『九王』たち自ら、もしくは彼らの命を受けた者の手で、この監獄に閉じ込められた者たちは、基本的に世間に公表される。
この凶悪犯はもう二度と世に出ることはないと宣言し、民を安心させるため。
しかしながら、こんな幼い少女が収容されたなど聞いたことがない。
世間の情報を入手できないこの半年に収容された?
……いや違う。半年前からこの森にいる俺が銀髪少女の噂を耳にしたことがないので、それ以前から少女はこの森にいて、ここの住人たちの間でタブーになったということだ。
また、不幸にも事故で『地獄の森』に足を踏み入れてしまったということは考える必要はないだろう。
『地獄の森』への立ち入りは固く禁じられ、侵入可能な場所はすべて二十四時間体制で警備されているからだ。
……となると、なぜ彼女はここにいるのか。
考えられることは、一つだけ。
――彼女は、この場所で生まれ育ったのだ。
あまり想像したくはないが、ここに収容されていた凶悪犯同士の子供。
常に死の危険と隣り合わせの生活。
幼い子供には、一体どれだけの精神的苦痛が伴うのだろうか?
彼女一人が目撃されていたことや、現在も一人でいるところを見るに、両親はもういないのかもしれない。
たった一人で地獄を生き抜く。
きっと俺なら耐えられない。いや、そもそも誰も耐えられる人なんていないと思う。
しかし少女はこうして生きてる。
出会ったすべての人間を、自らの魔法で滅して。
銀髪少女の魔法は、幼き頃の魔法使いに対する恐怖から生み出された。
魔法を見たくない。魔法使いを遠ざけたい。
ゆえに魔力を有するすべてを拒絶する。
だったら、少女を倒す――いや、友達になる方法はこれしかないじゃないか。
「わ、悪いけど、ちょっと下がっててくれるか?」
俺は少女に笑みを向ける。
少女は何も反応を示さなかった。
「そんな顔するな。君をいじめる魔法使いは、俺が倒すから」
言って、俺は全力で魔法を使う。
右手や左手……いや、身体全体から、ほの白い光が溢れだす。
俺の魔法は、周囲の木々を破壊し、地面を深々と抉る。
だが、少女には一切当てない。たとえ、すべて防がれると分かっていても。
一分、二分と過ぎ、三分が経とうとした頃。
淡い光は輝きを失っていく。
……俺の体内にある魔力が尽きようとしているのだ。
そして全力で魔法を使い続けて約五分。
俺の魔力は――尽きた。
ものすごい倦怠感が襲ってくる。
指先一つ動かすのに、ありえないくらいの精神力と集中力を要する。
足元から崩れそうになる……だが、倒れるわけにはいかない。
「……まだ、生きてる。殺さないと」
少女は相変わらず淡々と繰り返す。
そして――気づいた時には、目と鼻の先の距離にいて……
少女の小さな手が俺の身体に触れる。
…………
静寂が森を包み込む。
「……っ!」
初めて、初めて少女の淀んだ瞳が揺れる。
もう一度、もう一度。
少女は何度も俺の身体を触る。
しかし少女が予想する通りの現象は起こらない。
ポン。
俺は全神経を右手に集中させ、少女の頭にそっと手を置く。
「……っ!」
銀髪少女の光を通さない半眼が、大きく見開かれる。
「……一人で、よく……頑張ったな」
俺は必死に口を動かす。
「君を……いじめる、魔法使いは、俺が……倒したから」
言って、俺は笑みを作る。
正直、きちんと笑えているかは自信がない。
「……そうだ、名前。君の名前……教えてくれるか? 俺は……ユイト」
「……ぁ」
少女は微かに唇を震わせたが、声にならない。
「大丈夫……ゆっくりで、いいよ。ちゃんと、待ってるから……」
でも、ちょっともう限界かも……
薄れゆく意識の中、少女の小さいな声が聞こえてきた。
――ナイ。
「……そっか。ナイ……ちゃんか。可愛い、名前だ、ね……」
とうとう俺は立っていられなくなり、崩れるように倒れ込む。
……銀髪少女だろうか?
わずかに俺を支えようとする力を感じたが、それはとても弱々しくて――
俺はゆっくりと前方に倒れた。
……チュッ。
もうほとんど残っていない意識の中で、最後に俺は唇に柔らかな温もりを感じたが……それが何だったのかを考えることすらできなかった。




