7.冷たい境界線
雨音が離れの屋根を叩く音だけが、やけに大きく響いていた。
自分の口から零れ落ちた言葉の意味に気づき、彩音はハッと息を呑んで両手で口を抑えた。あまりに無謀で、言ってはいけない禁忌を犯してしまったという恐怖が、波のように押し寄せる。
目の前にいる冬馬は、驚きに目を見開いたまま、動かなくなっていた。
いつも冷静な理性をまとい、どんな時でも揺るぎなかった端正な顔立ちが、激しく動揺したのちにみるみる凍りついていく。
(……しまった……っ)
彩音の心臓が恐怖と後悔で狂ったように鳴り響く。
これではもう、今までのように「お隣の幼馴染」として彼の隣に立つことすら許されない。嫌われる、軽蔑される——そんな絶望が脳裏をよぎった瞬間、冬馬の喉がくっと鳴った。
「……彩音」
低く掠れた声。冬馬はゆっくりと、彩音を囲んでいた腕を解いた。
そして、一歩、また一歩と距離を取る。その瞳に宿っていた熱や焦燥は嘘のように引き、代わりに残酷なまでの冷たさと、拒絶の色が覆っていた。
「……彩音、本気で言っているのか?」
「……っ」
「俺たちは、幼い頃からずっと兄妹のように育ってきた。互いの家柄も、お互いの背負うものも分かっているはずだ。それなのに……そんな冗談は、笑えない」
「冗談……ではありませんわ……」
震える声で絞り出した彩音の言葉を、冬馬は冷徹に遮った。
「やめろ。これ以上、そういう道化を演じるな」
冬馬のその言葉は、鋭い刃となって彩音の胸を深く抉った。
「……彩音。お前は東條家の長女として、いずれどこかの家へ嫁ぎ、家門を支える立場だ。……俺たちのような関係の者が、万が一にも違う感情を抱くなど、許されるはずがない」
自分に言い聞かせるように、そして彩音の想いを根底から否定するように、冬馬は淡々と告げた。
「……俺にとってお前は、いつまでも大切な『お隣の妹』だ。それ以上の関係になる気は……毛頭ない」
ドクン、と心臓が冷たく沈み込んだ。
.....妹.....という言葉が、頭の中で何度も反響する。
「……気分を害してしまい、申し訳ありませんでした。……もう、二度とこのような無様な真似はいたしません」
震える唇を必死に噛み締め、彩音はこれ以上ないほど美しく、そして完璧な令嬢の笑顔を貼り付けて深々と頭を下げた。
冬馬はそれ以上何も言わず、戸惑った瞳で彩音を見据えたまま、濡れた外套を再び羽織り、雨の降る竹林の中へと背を向けて去っていった。
障子が閉まり、再び離れに静寂が訪れた時、彩音の糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
あふれ出る涙を止める術はなく、胸の奥の「檻」は、二度と開かないほど固く閉ざされてしまったのだった。




