↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝都〜名家の令嬢の恋  作者: 花子まろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/15

6.雨の離れと、あふれる本音

しとしとと降り続く激しい雨が、東條邸の竹林を白く煙らせていた。

夕刻の薄暗闇が迫る中、彩音は離れの和室で一人、机に向かっていた。雨音だけが響く静寂。だが、その胸の中は、サロンで目撃した冬馬と須藤桜の仲睦まじい光景と、今朝一人で登校したときの冷たい孤独感が渦巻き、激しい切なさに支配されていた。


(私には……冬馬さんの隣に立つ資格なんて、最初からなかった……)

教え込まれた良妻賢母の教え。完璧な令嬢としての仮面。その内側で渦巻く泥臭い恋情を必死に押し殺そうと目蓋を閉じた、その時だった。

トントン、と離れの濡れ縁を叩く控えめな音が響いた。


「……彩音。入るぞ」

障子が静かに開くなり、滑り込んできた人影に彩音はハッと息をのんだ。

そこに立っていたのは、傘から滴る雨滴を纏った冬馬だった。

帝都大学のスーツに外套を羽織り、濡れた黒髪が額に落ちている。その佇はいつも以上に色っぽく、そしてどこか危険な陰を帯びていた。

「冬馬さん……? こんなお天気の日に、どうして……」

「司さんから頼まれた本を届けに来たんだ....」

冬馬は濡れた外套を脱ぎ、畳の上に本を置いた。

だが、彼を迎えた彩音の硬質な態度に、ふと冬馬の動きが止まる。


いつもなら幼馴染として柔らかい表情を見せる彩音だが、今はどこか頑なに視線をそらし、丁寧すぎるほど距離を取って深々と頭を下げている。まるで、ただの「お隣の知り合い」に接するかのような、踏み込ませない余計な礼儀正しさとよそよそしさ。今朝、自分を置いて一人で学校へ行った態度そのままだ。


「……彩音」

冬馬の涼しげな瞳が、危うい光を宿して細められた。

胸の奥で、経験したことのない不快なざわめきが立ち上る。


「……何か、俺に隠していることはないか?」

「いいえ、何も……。お足元の悪い中、本をお届けいただきありがとうございます。……どうぞお気遣いなくお戻りくださいませ」

「お邪魔、か」

冷たく言い放たれた言葉に、冬馬の理性のタガが僅かに軋んだ。


冬馬は静かな歩調で立ち上がると、離れを出ようと身を引いた彩音との距離を、逃げ場を塞ぐように一気に詰めた。


「あっ……」

彩音の背中が、離れの柱に当たる。

逃場を失った彩音の眼前に、冬馬の長い影が覆いかぶさった。


ふわりと押し寄せる、湿り気を帯びた洋煙草(シガレット)のほろ苦い香りと、上質な石鹸の匂い。雨の匂いと混ざり合い、狭い離れの空間が一瞬で冬馬の存在感で満たされていく。

冬馬は片手を柱につき、逃がさないと言わんばかりに彩音を見下ろした。


「お前……あの日、サロンに居ただろう」

「……え?」

「帝都学園のサロンだ。友人たちと話していたとき、逃げるように走り去っていくお前の後ろ姿が見えた。……そして今朝も、稽古などというわかりやすい口実で俺を避けた」

低い、耳元に響くような声。


至近距離で問いただされ、彩音の息が止まる。

「なぜ声をかけずに立ち去った? なぜ俺を避ける?」

「それは……っ」

「ただの気まぐれだと言い張るつもりか?」

問いつめられ、彩音の胸の奥でずっと蓋をしていた苦しさと、溢れそうな想いが限界を迎えていた。須藤桜と楽しそうに笑い合う冬馬の姿が脳裏によみがえり、胸が引き裂かれるように痛む。


「――だって……!」

思わず声を張り上げた彩音の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……私以外の.....!あんな風に他の女性(ひと)と楽しそうに笑っていらっしゃる冬馬さんを……これ以上、近くで見ていられなくて……っ!」

「……なに?」

冬馬の端正な眉が、驚愕にわずかに揺れた。


感情を隠し、「完璧な白百合」を演じ続けてきた彩音が、初めて見せた剥き出しの涙と弱音。

「私にとって、冬馬さんは……ただのお兄様などではありません。ずっと、ずっとお慕いしておりました……! ですが、貴方にとって私はただの『妹』で、須藤さんのような方が冬馬さんの隣には相応しいと…...っ!だから、離れようと思ったんです....っ」

震える声で零れ落ちた、初めての告白。


それは彩音にとって、自ら「白百合の檻」の壁を壊して差し出した、痛切すぎる恋心のすべてだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。