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帝都〜名家の令嬢の恋  作者: 花子まろ


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20/22

20.泥の中

——ゴォォォ……という気味の悪い余震が、大地を尚も小刻みに揺らし続けていた。


煙と土塵が立ち込める東條邸の庭園。かつて整然と手入れされていた白百合の花壇は押し潰され、重厚だった土塀は瓦礫の山と化している。


「あ……ああ……」

冬馬の腕の中から這い出した彩音は、立ち上がろうとしたものの、ガクガクと激しく震える膝に力が入らず、そのまま冷たい泥の中に両手をついた。


視界に飛び込んでくるのは、崩れかけた母屋と、空を覆い尽くす不気味な灰色の雲。遠くの帝都の街並みからは、幾筋もの黒煙が立ち上り始めていた。あまりの恐怖に息が詰まり、胸が早鐘のように打つ。彩音もまた、一人の傷つきやすい少女に過ぎなかった。


「彩音、無理に動くな。余震が収まるまで、ここで静かにしているんだ」

背中から血を滲ませた冬馬が、呼吸を乱しながらも彩音の肩を優しく支えようとする。


その時だった。

「痛いよぉ……お母さん……っ! 痛い……っ!」

倒れかけた物置の陰から、幼い泣き声が途切れ途切れに聞こえてきた。


ハッとして視線を向けた先には、東條家に奉公に来て間もない、まだ十四歳ほどの女中の少女が倒れていた。崩れた大きな柱と重い材木に足を挟まれ、着物の裾を赤く染めて泣きじゃくっている。


周囲の使用人たちも続く余震の恐怖に怯え、腰を抜かして動くことができずにいた。

「冬馬さん……あの子が……!」

「……ああ、待っていろ!」


冬馬は傷つく自分の背中の痛みも顧みず、すぐさま立ち上がると、迷いなく少女の元へ駆け寄った。スリーピースのジャケットを脱ぎ捨て、汚れも気にせず泥の中に膝をつく。


「今引き上げてやる、頑張れ!」

冬馬は煤と血に汚れた手で、少女を押し潰していた重い材木に手をかけ、全身の力を込めて持ち上げた。血管が浮き立つ腕。激しい横揺れの恐怖と背中の激痛に歯を食いしばりながら、冬馬は必死の力で柱を押し上げ、少女の足を瓦礫の下から力強く救い出した。


冬馬が少女を抱き上げた瞬間、なんとか彩音も震える足で庭に干してあった手ぬぐいを持って駆け寄った。


「痛いよぉ……っ」

「大丈夫、大丈夫ですよ……!」

彩音は声の震えを抑えながら泥の中に膝をつくと、手に入れた手ぬぐいを震える指先で、一生懸命に少女の足の傷口をきつく縛り、血を止めていく。


「しっかり!......もう大丈夫ですからね」

埃にまみれ、着物の裾を泥で黒く汚しながらも、必死に自分の涙を拭い、優しく少女を抱きしめる彩音。


そして、呼吸を荒げながらも、その傍らで周囲の安全を鋭い眼差しで見張り、彩音と少女を守るように立つ冬馬。


パニックに陥る極限状態の中で、二人は言葉を超えた絆で協力し合い、目の前の命を救おうとしていた。

冬馬は、泥まみれになりながら手際よく応急処置を施す彩音の横顔を、どこか眩しそうに見つめていた。


(……俺は『守ってやる』と高飛車に思い込んでいた。だが、お前はこんなにも強く、気高い女性に育っていたんだな……)


自分がいかに過去の固定観念に囚われていたか。彩音の凛とした真の強さを間近で感じ取り、冬馬は胸を深く打ちのめされると同時に、一人の男として彼女への愛おしさを一層募らせるのだった。

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