19.地の唸り
「私……私は……っ」
冬馬の退路を断つような強い眼差しと、まっすぐに向けられた一人の男としての情熱。その圧倒的な熱量に圧され、彩音が唇を開いた、まさにその瞬間だった。
——ゴゴゴゴゴゴゴッ……。
地の底深く、地球の腸が捩れるような、重く不気味な低音が響き渡った。
「……っ!?」
彩音の言葉が途切れる。
庭園の池の水面が、まるで目に見えない巨大な手で揺すぶられたかのように激しく波打ち、縁の角石を洗った。花壇の花々が一斉に恐れをなしたように激しく傾き、枝に羽を休めていた鳥たちが、悲鳴のような鳴き声を上げて一斉に曇り空へと飛び立っていく。
足元から、ドスンと突き上げるような衝撃が襲った。
「彩音、離れるな!」
冬馬の顔から色の気が失せ、鋭い警戒心が走る。
間髪を入れず、空が鈍い灰色に歪み、天地を揺るがす本震が襲いかかった。
——バリバリバリッ!
凄まじい地鳴りと共に、東條邸の重厚な土塀が音を立てて亀裂を生み、くずかごをひっくり返したように崩れ落ちていく。大地が生き物のように波打ち、立っていることすら許されない。
「冬馬さん……っ!?」
「伏せろっ!」
頭上から、母屋の屋根瓦が吹雪のように剥がれ落ち、庭園の倒木が悲鳴を上げて倒れてくる。
冬馬は躊躇うことなく彩音の華奢な体を抱き寄さると、己の身を丸めて彼女の上に覆いかぶさった。
ドスン、と重い衝撃が冬馬の背中に走る。
「くっ……!」
「冬馬さん! お背中が……っ!」
「動くな……じっとしていろ……!」
煤煙と灰色の土煙が視界を奪い、視界全体が濁った泥の中に沈んだかのようだった。耳をつんざく瓦礫の崩落音、どこか遠くで上がる悲鳴、そして目の前で自分を必死に庇う冬馬の荒い息遣い。
冬馬のスリーピースのスーツは一瞬にして泥と埃に塗れ、肩口からは倒木の枝で裂けた生地から赤黒い血が滲み出していた。それでも冬馬は、腕の中の彩音を掠り傷一つ負わせまいと、固く、固く抱きしめ続けていた。
どれほど長い時間に思えただろうか。
世界が砕け散るような激しい縦揺れがようやく収まり、気味の悪い不気味な横揺れへと変わっていった頃、冬馬はゆっくりと体を起こした。
肩を激しく上下させ、煤に汚れた顔で、冬馬は震える手で彩音の頬を確かめるように触れた。
「彩音……怪我はないか? 立てるか……?」
「私……私は……大丈夫です……。でも、冬馬さん、お怪我が……っ」
血の滲む背中をかばいながら、冬馬は安堵したようにかすかな笑みを浮かべた。その瞳に宿っていたのは、ただ一人の女性の無事を祈る切実な素顔だった。
「お前が無事なら……それでいい」
だが、安堵も束の間。
静まり返った東條邸の庭園の向こうから、建物のきしむ音と共に、助けを求める人々の痛々しい悲鳴が上がり始めていた。




