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帝都〜名家の令嬢の恋  作者: 花子まろ


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15/17

15.夜更けの散歩

「……手紙にはああ書いたが、ダメだった」

夜の静寂の中、結城は少し荒い息を整えながら、熱を帯びた瞳で彩音を見つめた。


「君が他の男たちと過ごしていると思うと、居ても立ってもいられなかった。……軍の訓練の合間、無理を言って車を飛ばしてきたんだ」


照れくさそうに後頭部を掻く結城の頬は微かに赤く、軍人としての隙のない佇まいとは裏腹な、隠しきれない独占欲と情熱が滲み出ていた。


格好悪い本音を誤魔化さず、ただ自分に会いたい一心で駆けつけてくれた彼。彩音の胸は、痛いほどの愛おしさと激しいときめきでドクンと跳ね上がった。


「結城様……私、お会いできて……とても嬉しいですわ」

「良かった...彩音……。少し、抜け出さないか? 君に見せたい場所がある」


結城はそう言うと、彩音の華奢な手首を優しく、けれど絶対に解けないような力強さで包み込み、夜の小径へとあるき出した。


◇

導かれたのは、別荘から少し離れた深い森の奥、清らかな水音だけが響く小川のほとりだった。

結城が「静かに」と唇に人差し指を立てて囁き、彩音の手を引いて闇の中で立ち止まる。


ふと、暗闇のあちこちに、ぽつり、ぽつりと小さく青白い光が灯り始めた。


「……まあ……!」

「ここへ来る道中で見つけたんだ...君にも見せたくて。」

彩音が息をのむと、無数の蛍がいっせいに宙へと舞い上がり、二人を包み込むように幻想的な光の軌を描いた。


淡い光に照らし出された結城の横顔は、夜の静寂の中で息を呑むほど凛々しくかっこいい。そして彩音を見つめる瞳には、隠しきれない愛おしさが満ち溢れていた。

「綺麗な……光ですね……」

「ああ。だが……俺には、君のほうがずっと綺麗に見える」


突然の真っ直ぐな言葉に彩音が頬を染めて見上げると、結城は彩音の手をぎゅっと握り直した。その掌から伝わる熱気が、夜風の冷たさを溶かしていく。


帰り道、小川の浅瀬を渡る段になり、結城は足を止めると彩音に向き直った。

「着物の裾が濡れてしまう。……失礼するよ」

「えっ、結城様……!?」

彩音が驚く間もなく、結城は迷いのない所作で膝裏と背中に腕を回し、彼女の体をふわっと軽々と横抱きに持ち上げた。

「あ……っ、結城様、これではお世話をおかけしてしまいますわ……!」

「いいから。……君を甘やかさせてくれ」

強引で、けれど甘い声に逆らえず、彩音は着物の裾を乱さぬよう、咄嗟に彼の広い肩に手を回した。

腕の中にすっぽりと収まった体躯。耳元から直に伝わってくる、彼のおおらかで力強い鼓動。軍服越しに感じる確かな体温と頼もしい胸の厚み。あまりの至近距離に彩音の顔は火が出そうになり、ぎゅっと彼の首元に顔を埋めた。

「結城様……重くはありませんか?」

「冗談だろう。君があまりに軽すぎて、折れてしまいそうで怖いくらいだ」

結城は低く笑いながら、川を渡り切っても彩音を下ろそうとはせず、そのまま別荘の敷地までゆっくりと彼女を優しく抱きかかえたまま歩いてくれた。

暗闇の中、二人だけの密やかな鼓動が重なり合う時間は、永遠に続いてほしいと思えるほど愛おしかった。


◇

別荘の木々の影にたどり着き、名残惜しそうに彩音を地面へ下ろした結城。

彩音の足元が少しグラつくと、結城は咄嗟に彼女の腰を引き寄せ、二人の身体が隙間なく密着した。


ハッと息を呑む彩音。鼻先が触れ合いそうなほど近くにある結城の強い瞳。

結城の指先が、そっと彩音の頬に触れ、滑り落ちたおくれ毛を耳の後ろへと優しく撫で上げた。


「……本当は、朝まで君とずっといたい。だが、明朝の稽古までに戻らねば、務めに障る」

「そんな……では、今夜はこのままお戻りになるのですか?」


「ああ。だが……君の顔を見られて、声を聞けて、本当によかった」

結城はそう囁くと、彩音の額にそっと温かくやわらかな唇を寄せた。


唇から伝わる彼の熱が離れると、彩音はそっと目を開けた。結城は愛おしさに満ちた微笑みを残し、名残惜しそうに夜の闇の中へと消えていった。


残された彩音は、今も肌に残る熱気と、激しく波打つ胸のときめきに包まれ、結城の去った闇をいつまでも見つめていた。


◇

その密やかな逢瀬のすべてを....

抱きかかえられて戻ってきた甘い空気も、腰を引き寄せられて額に口付けされた瞬間も。

別荘の二階、闇に閉ざされた自分の部屋の窓辺から——冬馬が、氷のように冷たく狂おしい瞳で見下ろしていた。


指先に挟んだシガレットの火が、闇の中でじっと赤く揺れていた——。

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