12.お茶会
初夏の風が心地よく吹き抜ける午後、楠木邸の広々とした洋風庭園で、小規模なお茶会が開かれていた。
楠木邸は、重厚な和風の本館に壮麗な白壁の西洋館が寄り添うように建つ、帝都でも屈指の最先端をゆく和洋折衷の邸宅である。丁寧に手入れされた緑鮮やかな芝生の上には白亜のガーデンテーブルが置かれ、上質な紅茶の香りと自家製の洋菓子が並んでいた。
主である冬馬をはじめ、その先輩であり東條家の次期当主として周囲から一目置かれる東條司、そして彩音。さらに、冬馬と同じ帝都大学の交流サロンで華やかな存在感を放つ華族令嬢・須藤 桜と学友が数人招かれていた。
テーブルを挟み、彩音と桜は向かい合って座っている。
断髪に最新の洋装を優雅に身に纏った桜は、鈴が鳴るような愛らしい声で彩音に微笑みかけた。
「彩音様のお噂は冬馬さんからよく伺っておりましたの。お写真通り……いいえ、お写真以上に凛とされていて素敵なお方ですわ」
「恐れ入ります、須藤様。冬馬さんや兄から、須藤様が帝都大学のサロンでとても聡明にご活躍されているとお伺いしております」
彩音は幼少期から叩き込まれた通りの完璧な作法と笑みで応じる。
自由で華やか、冬馬と対等に高度な議論を交わす桜への羨望と切なさを胸の奥に押し殺しながらも、表面上はどこまでも淑やかに、睦まじく会話を交わしていた。
(……桜様は、冬馬さんの隣に立つにふさわしい、光のような方……)
かつてなら、その眩しさに身を縮め、胸を痛めるだけだったかもしれない。だが今の彩音の胸の奥には、結城の飾らない温かな言葉が確かに芽を吹いていた。
——『俺は、君の完璧な令嬢としての顔じゃなく、東條彩音という一人の人間の本心が知りたい』
その存在に支えられ、彩音の瞳には、ただ傷つくだけではない静かな強さが宿り始めていた。
そんな二人のやり取りを、冬馬は少し離れた場所から静かに見つめていた。
仕立ての良いスリーピースのスーツを優雅に着こなして佇む冬馬の瞳は、いつも通り冷徹で知的だ。だが、シガレットを挟む指先に微かに力が入るのを、冬馬自身も誤魔化しきれずにいた。
冬馬の視線はどこか深く、密やかに彩音の横顔を捉えている。
和解はした。自分は「お隣の兄」という位置に戻り、彼女を解き放ったはずだ。なのに、自分への甘えや依存を失い、どこか遠くを見据えるような彩音の横顔に、スッキリとしない不快なモヤモヤが胸の奥を苛んでいた。
やがて会話が一段落した頃、桜がお茶目な手つきでティーカップを置き、ふっと思い出したように声を弾ませた。
「そうですわ! もうすぐ本格的な夏ですけれど、楠木家と東條家は毎年、軽井沢の避暑地へ向かわれるのでしょう?」
司が「ああ、子供の頃からの恒例だからね」と穏やかに頷くと、桜は待ってましたと言わんばかりに冬馬へ視線を向けた。
「ねえ、冬馬さん。今年はサロンのメンバー数人も誘って、賑やかに軽井沢の別荘へお邪魔してもよろしいかしら? 彩音様や司様ともっと仲良くなりたくて……今年はこのメンバーで避暑地へ向かいませんこと?」
桜の巧みな提案。それがあらかじめ計算された可愛らしいおねだりであることは目に見えていたが、彩音との間にできてしまった見えない距離を埋めたがっていた冬馬にとっても、拒む理由はなかった。
賑やかな客人を挟めば、この妙な気まずさも収まるかもしれない——冬馬は静かに紅茶を一口含むと、探るように彩音の反応を伺う視線を向けた。
「……皆が構わないと言うなら、俺は差し支えない」
「まあ、嬉しい! 彩音様もよろしいでしょう?」
桜の明るい笑みと、冬馬のどこか冷たく探るような眼差しに挟まれ、彩音は胸をキュッと締め付けられながらも、断るすべを持たなかった。
「……ええ、勿論ですわ。皆様をお迎えできますこと、楽しみにしております」
彩音はすっと背筋を伸ばし、完璧な微笑みで頷いた。
こうして、軽井沢での避暑地滞在は、冬馬・彩音・司・桜、そしてサロンの仲間たちという顔ぶれで執り行われることが決まったのだった。
初夏の爽やかな風が吹き抜ける邸宅で、それぞれの秘めた想いを抱えたまま進むのだった。




