↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/10

第7話 勝利の旗には、帰れなかった人がいる

式典庫の扉が開いた時、私は、ほっとしてしまった。

 白い旗が、そこにあったからだ。


 まだ、早かった。


「同じもの、ですね」


 王室会計監査院から来たオルトさんが、私に訊いた。

 五十代の、小柄な女性だった。

 膝をつき、私の帳面の絵と、旗の下端を見比べている。

 隣には、術衣工房とは別の部署から呼ばれた魔術技師。

 受取書の写しは、調査の手がかりにしかならない。

 オルトさんが式典庫と実家の工房にある原簿を照合し、正式な確認になったのだ。


 私は、自分の二針を指した。


「ここが、半年前に直したところです。作業料の支払記録も残っていました」


 旗の端に、三つの結び。

 青いコートと並べると、元の術糸が同じ明るさで光った。

 文字を写し、技師に読み方を説明する。

 私だけの言葉で、結果を決めてもらいたくはなかった。


 技師が、二枚の布を測る。

 光の流れを、器具で確かめる。


「対の受入布と送出布です。もともとは、一組だった」


 レオン様が、目を閉じた。

 その肩に、まだ白い霜がある。


 焼かれていなかった。

 出口は、ずっとあったのだ。


 オルトさんは、焼却報告の署名を見た。

 魔術大臣、ベルク伯爵。

 ロドルフの父親。


「本日の閲覧記録は、こちらで保管します。この布も、庫内で封をします」


 技師と庫番、レオン様と私。

 全員が、確認した内容に署名した。


     *


「死人の名簿で、式典を止めるおつもりか」


 翌日、ベルク伯爵は、そう言った。

 式典前の打合せ室だった。

 私たちが報告に呼ばれた時には、もう息子も父も彼の後ろに座っていた。


「そのコートに、避難者の魂がいることを確認しています」


 オルトさんが、技師の報告を置く。


「焼却記録も事実と違います。門の事故記録と合わせ、監査院から陛下へ報告しました」


 伯爵の顔が、変わった。

 怖がったのではない。

 自分の知らないところで、話が進んだことを怒った顔だ。


「国民を不安にさせるのが、監査の仕事ですか」

「不正確な支出と処分を調べる仕事です」


 オルトさんは、声を張らなかった。

 私は、彼女のそばにいるだけで、少し呼吸がしやすかった。


 伯爵は、レオン様を見る。


「あなたが抱えているのは、過去の残響です。六年前、死んだ人々は戻らない。ご自分をいたわるべきだ」

「身体が戻らないことは、承知している」


 レオン様が言った。


「だが、彼らには、行きたい場所がある」


 私は、コートの裏地を開いた。

 灰色の糸を外した部分には、名前がきちんと見える。

 机の向こうの人たちから、布が見えるようにする。


「ネリ。おばあさんが、来ています」


 ロザさんが、部屋に入った。

 赤い靴の袋を抱いて。

 布に近づき、少しだけ笑った。


「大きくなったから、履けないかもしれないねえ」


 名前の糸が、震えた。

 短い声が、聞こえた。


「あかいの、すき」


 ロザさんが、息を飲んだ。

 しゃがみ込み、両手で口を押さえる。

 レオン様は、彼女の目の高さに合わせて膝をついた。


「マルタも、ここにいます」


 隣の名前が、やわらかく光った。

 ロザさんは、泣きながら、娘の名前を呼んだ。


 伯爵が、席を立った。


「感傷を、政策に持ち込まないでいただきたい」


 私は、彼を見た。


「白い幕を焼いたと書いたのは、政策ですか」


 彼が、私を見る。


「コートに熱を捨てる術式を足したのも?」

「安全を確保するための措置だった」

「その措置で、元の保護は弱っています。五年分の糸の劣化を調べた報告があります」


 技師が、別の紙を置いた。

 私が説明した流れを、彼が測定して作ったものだ。


「三十一人の声を、小さくする措置だったのでしょうか」


 返答はなかった。

 ロドルフだけが、私を睨んでいた。

 あれほど、私を見なかった人が。


 打合せ室の扉が開いた。

 王室の侍従が、封書を持って入る。


 旗の公開検分を認める。

 記念式典に先立ち、避難者の名簿と事故調査の途中経過を公表する。

 調査中の物品について、魔術省単独による処分を禁止する。


 オルトさんが、声に出して読んだ。

 伯爵は、もう政策の話をしなかった。


 私たちは、式典庫へ戻った。

 封を確認し、白い旗を机へ広げる。

 銀の紋章を留めている新しい糸を、順番にほどいた。


 隠れていた出口の術式が、現れた。

 そして、真ん中で、途切れた。


 銀の紋章を入れるため、元の白い糸が切り取られていた。

 旗はあった。

 でも、出口は壊れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。