第6話 帰ってこいは、謝罪ではありません
王都の邸へ着いた翌日、父が来た。
招待した覚えはない。
手紙で戻るよう命じ、私が返事をしなかったので、足を運んだらしい。
「イネス。随分、羽振りがよくなったそうだな」
応接室で、父が言った。
私の前には、ロドルフも座っていた。
後ろに、妹。
エルナは、今日は腕輪をしていない。
「修復の仕事をしています」
「それは知っている。宮廷のものを勝手に調べているそうだな」
私は返答せず、持参された書類を見た。
私を実家の工房へ戻す手続き。
今回の修復も、ファロン家が請け負った仕事として扱う。
父の署名は、もう入っていた。
「戻るとは言っていません」
「お前一人で、続けられるわけがないだろう。家の後ろ盾が必要だ」
レオン様が、私を見る。
止めるかと訊く顔だった。
私は、小さく首を振った。
まず、自分で話したかった。
「追い出す時には、そうおっしゃいませんでした」
「あれは、お前のために」
「私のための話なら、私が嫌だと言うことも聞いてください」
父は口を閉じた。
聞いているのではなく、聞いた言葉が気に入らない顔だった。
ロドルフが、笑った。
「君が触っているのは、国の危険物だ。素人の判断で、英雄を殺すかもしれない」
私は、ほどいた糸を留めた紙を見せた。
「追加された術式が、元の保護を弱めています。誰が縫ったのか、工房の作業記録を照会しています」
「俺の前任者だ。事故の品は特殊なんだよ」
「では、なぜ白い幕を焼却済みと返答されたのですか」
「保管簿にそうある」
「私は半年前、式典用の白い旗を修繕しました。同じ布か、確認をお願いしています」
ロドルフの目が、私の帳面へ向いた。
「その帳面は、工房のものだ」
「私の材料費と作業の控えです。持参品の目録にも載せています」
父が署名した目録を、隣に置く。
道具箱。鋏。針。修繕控え一冊。
父は、箱に何が入っているか、見もしなかった。
ロドルフが手を伸ばした。
その前に、レオン様が紙を押さえた。
「本人が渡すと言っていない」
低い声だった。
それだけで、手が止まった。
ロドルフが、彼のコートを見る。
「その娘は、治せるとでも?」
「調べている」
「治らなかったら、どうするおつもりです」
「それで、この人を侮辱する理由にはならない」
この人。
そんな呼び方が、胸に残った。
私は、父の書類を返した。
「こちらでは、私の名前で契約しています。戻りません」
「婚約も、考え直してやれる」
ロドルフが言った。
その隣で、エルナが顔を上げた。
私は彼女を見た。
彼女は、私から目を逸らさなかった。
「あなたは、エルナと婚約したのでしょう」
「家同士の話は、変更できる」
「人の気持ちは、書類のように差し替えないでください」
ロドルフが、嫌な顔をした。
もう、それを見ても、機嫌を直してあげたいとは思わなかった。
帰る時、エルナだけが振り返った。
「お姉様、少しだけ」
扉のところで、彼女は折った紙を差し出した。
魔術省から、実家の工房へ届いた材料の受取書。
「旗の布、焼かれていないと思う。父上が、保管場所の変更を書いていたから」
私は紙を開いた。
白幕一枚。
式典庫へ移管。
焼却報告と同じ日の、別の記録。
「これを持ち出して、大丈夫なの?」
「家の控えは残ってる。これは、私が清書した写し。調べる場所を伝えたかったの」
エルナは、唇を噛んだ。
「腕輪も、お姉様が直したんでしょう。ロドルフ様が自分で直したと言っていたけど、糸の結びが違った」
私は、彼女の手首を見た。
細い跡が、残っている。
「分かっていたのね」
「疑ってた。でも、訊かなかった」
声が、小さくなる。
「私が選ばれたと思いたかったから」
私はすぐには、いいよと言えなかった。
彼女も、それを待つ顔はしなかった。
「ありがとう。記録は、確認に使わせてもらう」
彼女はうなずいた。
それから、父たちの馬車とは反対の方を見た。
「婚約は、私も考え直す。私が言わないと、なかったことにされるから」
その背中は、私の知っている妹より、少し大人だった。




