第4話 焼かれた布に、私の針跡がある
「焼却済み、ですって」
私は手紙を机に置いた。
レオン様は、椅子に座ったまま目を閉じた。
「そういう返事は、初めてではない」
机の引き出しから、束になった書類を出す。
門の再調査を求める申請。
遺族への説明を求める手紙。
母親の工房に残った材料表。
王家に送った嘆願は、門を管理する魔術省へ差し戻されていた。
返書には、同じような言葉が並ぶ。
確認済み。
危険。
これ以上の接触は控えられたい。
「俺は、帰すと約束した」
手紙を持つ指が白かった。
「もう、守れないのかもしれない」
私は道具箱の底から、小さな帳面を出した。
修繕控え。
何をどの糸で直したか、材料の費用と、気づいたことを書いている。
修復には、取り返せない工程がある。
だから、前の人が何をしたか分かる記録を残す。
半年前の頁を開いた。
「私、この白い布に触ったことがあります」
王都の戦勝記念式典で使う旗。
銀糸の紋章を足す前に、裂けた下端を直した。
ロドルフの依頼だった。
当時は、何の布なのか教えられなかった。
ただ、魔術省からの特別な品だから、余計なことは訊くなと。
「どうして、その幕だと分かる」
「お母様の材料表。白布の端を留める、この三つの結びです」
青い裏地の隅にも、同じ結びがあった。
三本の糸を、それぞれ一度結び、最後だけ反対向きにする。
糸が足りなくても解けにくい、職人の工夫。
「同じ職人でも、別の布かもしれません。ただ、長さも材料の指定も合っています。焼いたことを信じる前に、現物を見たいです」
私の帳面には、裂けた形まで描いてあった。
先端に、二針だけ色の違う糸を使った。
絹の劣化を調べるため、そこを仮留めにしたまま返したのだ。
その細工は、私の請求書にも書いている。
レオン様は、帳面に手を伸ばした。
触れる前に、私を見る。
「借りてもいいか」
「もちろんです」
閉じる時、とても丁寧だった。
*
出発の準備に、二日かかった。
今年の記念式典まで、あと六日。
王都へは、早い馬車で二日。
旗を実際に確かめるため、レオン様は王室会計監査院にも文書を送った。
焼却したはずの官有物が残っているなら、保管と会計の問題になる。
門の魔術を理解してもらう前に、確認できる入口を一つ作るのだ。
私は、その間に灰色の糸を一本ずつ調べた。
独立した結びをほどく。
隣とつながった場所は、まだ残す。
息を詰めすぎないよう、時間を区切る。
霜が減るにつれて、裏地の名前が明るくなった。
夜、縫い目から、細い声がした。
「……おばあちゃん」
レオン様が立ち上がった。
私は鋏を置いた。
「ネリ?」
名前の場所に、彼が声をかける。
「俺だ。レオンだ。もう少し、待っていてくれ」
裏地が、かすかに震えた。
それ以上は、言葉にならなかった。
けれど、声は私にもサイラスさんにも聞こえた。
消えていない。
その証拠だけで、今夜は十分だった。
翌朝、古い名簿を頼りに呼んだ人が、邸を訪ねてきた。
ネリの祖母、ロザさん。
戦争で村を出て、今は隣町で洗濯屋をしている。
娘と孫は北門へ着く前に亡くなったと聞かされ、墓の場所さえ教えてもらえなかった人だ。
「生きている、とは言えません」
私は、最初にそう説明した。
「元の身体には戻れません。お別れになると思います。それでも、帰す方法を探しています」
ロザさんは、コートをじっと見た。
両手が、膝の上で握られていた。
「会わせてくれるの?」
私は、まだ約束できなかった。
そう伝えると、彼女はうなずいた。
「じゃあ、会える日に履かせる靴を、持っていくね」
袋の中から、赤い小さな靴が出てきた。
一度も履かれなかった、八歳の靴。
私は、その夜、帳面に一行足した。
白い幕を、必ず探す。
断定ではない。
私が、やることだった。




