第6話 アルベルトの屋敷
「ウンディーネ、着いたよ」
「わあ……!」
ウンディーネの目の前には、以前から夢見ていた光景が広がっています。
レンガ造の建物が建ち並び、活気にあふれた市場、そして多くの人々……。
「すごい!シルフ達が言ってたのよりずっと!」
「市場は後で行ってみようか?」
「いいの!?嬉しい!」
馬に揺られながら移りゆく景色を、ウンディーネは夢中で眺めていました。
「それにしてもアルベルトは、どうして森に?屋敷から出られないってシルフ達から聞いていたけど……」
「ああ、見張り付きだけど外には出られるようになったんだ。領主の息子として、いつまでも屋敷の中には居させてもらえないしね」
「森の見回りも立派な領主の仕事ですからな!お坊ちゃまは次期領主となるお方なので!」
自分のことのように自慢げにじいが言います。
「ふーん、そんなもんなんだ」
そんなことを話しているうちに、ウンディーネ達の前に大きな門が見えてきました。
奥に見えるお屋敷は町中で見た建物よりも何倍も大きく、ウンディーネは思わず圧倒されて口を開けたままにしています。
「さあお坊ちゃま、馬をこちらへ」
「ああ、頼む」
アルベルトはウンディーネを馬から降ろすと、手綱をじいに渡します。じいはそれを受け取ると、馬を労りつつ厩舎へと連れて行きました。
「じゃあウンディーネ、僕たちはこっちだ」
「う、うん」
アルベルトに促されるまま屋敷へ進みます。
二人が扉に近づくと、じいとそっくりな格好の青年が駆け寄り、扉を開きます。
中に入ると、ひらひらの服を着た何人もの女の人が一斉におじぎをした後、ウンディーネに近づいてきます。
「さあ、こちらに」
「え?アルベルト……この人達は……?」
不安げな顔でアルベルトの方を見ますが、アルベルトは穏やかに微笑んだままです。
「ウチで働くメイドだ。行っておいで」
「うん……アルベルトがそう言うなら……」
ウンディーネは戸惑いつつもメイド達に促されるまま、アルベルトとは別の部屋に案内されます。
「アルベルト様からお伺いしております。私たちにお任せください」
「え?……きゃっ!!」
一人のメイドがウンディーネの羽織っていたローブを剥ぎ取ります。そして、側にある水を溜めた大きな器に入るように言われました。
「あ……何か温かい」
「お風呂は初めてでございますか?」
「オフロ……?」
今の身体になったせいか、温かいものに触れると自然と落ち着いてきます。湖にいた頃には無かった感覚に驚きつつも、ウンディーネはその心地よさに身を委ねました。
「身体が温まったらこちらに来てください」
「うん。……うわあ!?」
言われるままメイドに近寄ると、頭から温かい水をかけられ、いい匂いのする泡を頭から足の先全てに付けられました。
「目を閉じていてくださいね」
「うう……」
ウンディーネは何人ものメイド達に全身を洗われた後は、アルベルトが用意したという服を着せられました。
ずいぶんと腰回りの締め付けが強いです。
「うう……苦しい」
「女性の服はこういうものですよ。さあ、できました」
ウンディーネはメイド達に促され、鏡を見ます。今まで自分の姿は湖の水面でしか見たことがなかったので、あまりにハッキリ見えることにまず驚きました。
湖のように深く青い髪、肌はアルベルトとは違った瑞々しさがあります。
メイド達に手入れしてもらったので、髪の毛も少しウェーブがかっており、ウンディーネが動くたびに、まるで太陽に照らされた水面が波打つように揺れています。
「すごい……」
鏡に夢中になっていると、後ろから声をかけられました。
「ウンディーネ、似合ってるじゃないか」
「アルベルトサマ!」
「……」
ウンディーネは振り返ってそういいますが、おかしな呼び方をされ、アルベルトは固まってしまいます。
メイド達もくすくすと笑っているし、ウンディーネはわけが分かりません。
「……なんだい?それは」
恐る恐るアルベルトが尋ねました。
「え?だって、ここではあなたのことはそう呼ぶんでしょ?それか、お坊ちゃま?」
「いや、やめてくれ……。君はいつもどおりでいいんだよ」
「そう?分かったわ、アルベルト」
少しうんざりした様子のアルベルトでしたが、急に向き直って言います。
「そういえばウンディーネ、今の君なら着けられるかな」
そう言って見せたのは、以前はすり抜けてしまったペンダントでした。
「作り直すって言ってたけど、すぐ捕まっちゃって……」
「ううん、気にしないで。多分今なら……」
ウンディーネはペンダントに手を伸ばします。
その手はすり抜けず、しっかりペンダントに触れています。
「……!こんな感じだったのね!」
「ああ、よかった」
ペンダントを持ち上げて眺めているウンディーネを見て、アルベルトは心底ホッとした顔をしました。
「これはこう使うものなんだ」
ウンディーネからペンダントを再び受け取ると、アルベルトは優しくウンディーネの首にそれをかけました。
首元でペンダントが小さく揺れています。
以前は触れることさえできなかったものが、今は自分の身体に触れている。
ウンディーネはそれを指先でそっと撫でました。
町も、屋敷も、お風呂も、この服も。
どれも湖にいた頃には知らなかったものばかりです。
けれど今は、そのすべてをアルベルトのそばで知ることができる。
ウンディーネの中から、嬉しさが溢れてたまりません。
「ありがとう、アルベルト!」
「いいね、素敵だ」
アルベルトも、ウンディーネの様子を嬉しそうに眺めていました。




