出張花屋Ⅱ
「こちらのミニブーケですね。大銅貨八枚となります。……はい、ちょうどお預かりします。ありがとうございました」
蚤の市が始まってから何人目かのお客さんを応対し、ドライフラワーの花束を手にしたにこやかな姿を見送る。トーラスの配達についていった時にも感じたが、協会居住区に暮らす人々は花を好む者が多いらしい。此度も久しぶりに蚤の市へ参加した魔女の花屋を見に来る客が多いのか、なかなかの忙しさで、ケイも休むことなく働き続けている。
始めこそ緊張して硬く覚束ない対応になってしまっていたが、先輩たちの振る舞いを学びながら経験を積むごとに徐々に慣れ、今では接客もそれなりに形となってきていた。商品の値段はすべて事前に頭の中へ叩き込んできたし、会計もミスすることなくこなせている。コツコツと小さな成功を積み重ね、少しずつ接客にも自信が出てきた。
時おりフォローに入ってくれていた先輩たちも、そうやって着実に軌道に乗りつつあるケイの成長を実感したようで、何かにつけて口々に褒めてくれる。
「接客も随分と様になってきたじゃないか。お前は計算が速い上に正確だから助かるよ」
「本当に。三人がかりだとお客様をお待たせしないで済みますし、即戦力ですね」
「ありがとうございます。引き続き頑張ります」
褒められることは素直に嬉しくてついはにかむが、この兄妹は些かケイに甘すぎる。この二カ月ほど共に働く中で学習した事実を踏まえ、調子づかないように自身へ言い聞かせながら彼らに微笑みを返すに留めた。と言っても、その態度がいじらしく見えるようで、世話焼きな兄妹はさらにケイを甘やかそうと躍起になるのだが。
ともかく、そうやって開店から三人で店をまわし続けていると、次々に訪れる客の中に見知った顔が現れた。以前、協会内で出会った彼は片手を上げ、ちょうど客を見送っていたトーラスへ声をかけた。
「よう、トーラス」
「ゼノ。来てたのか」
「今日は非番だから散歩がてらな。ルーとナナもいるぜ」
金獅子アスランとの一件で助けてくれたイヌ科の獣人ゼノはそう言って自身の背後を指さした。そこには彼の同僚であるオオカミ獣人のルーがついてきている。もうひとりは何処にいるのだろうと考えた矢先、ゼノの背中から彼そっくりの顔をした女の子が顔を覗かせた。
頭に大きなリボンをつけたこの子がナナなのだろう。ロージーと同じくらいの背丈であることから年頃は——ロージーのような特異な存在でなければ——十程度か。動物に詳しいとは言えないケイは彼らの種族が何なのかはわからないが、あまりによく似ているのでゼノとナナが少なくとも家族であることはわかった。
そうなると血縁ではないルーがそこに加わっていることが少し不思議だった。トーラスも同じことを思ったらしく、彼は半ば呆れるように笑った。
「休みの日も一緒か……お前たちは本当に仲がいいな」
「こんな無口で無愛想で無頓着なやつ、オレの他に誰が面倒見るんだよ。ほっとくとマジで何もしねェんだから」
散々な物言いだが、ルーは顔色ひとつ変えない。と言うより、初夏にも関わらずマズルを黒いマスクで覆っているせいで表情がわかりにくい。狼らしい立派な立ち耳にいくつものピアスをつけていることもあり、彼が黙って立っているだけで妙な迫力を感じる。だが、ひとまずゼノの無遠慮な言葉には怒っていないようだ。
ケイが外野から勝手にハラハラしていると、トーラスは腰を屈め、ゼノの後ろでモジモジしている少女へ声をかけた。
「ナナ嬢、久しぶりだな」
「……ん」
頭のてっぺんで結わいたリボンを揺らすように小さく頷くナナは見るからに照れている。可愛らしく恥じらっている少女は微笑ましいが、彼女に盾とされているゼノがすぐさま茶々を入れた。
「何照れてるんだよ」
「ゼノ兄、うっさい!」
「お兄様相手にはこれだもんなぁ」
はにかむ姿から一転、即座にピシャリと叱られ、ゼノは肩を竦めた。そんなやり取りを聞いて彼らが兄妹であることを知る。ゼノも若そうだが、ナナもまだ幼い。それなりに齢が離れていそうだけれど、ケイにはまだ獣人の年齢を見分ける術がわからない。
他のお客さんの応対をしつつ、そのまま何となしに聞き耳を立てていると、何かを思い出したらしいゼノがトーラスへ新たな話題を振った。
「ああ、そうだ。この前っつーか結構前だけど、ミナが少しオマケしてもらったって喜んでたよ。ありがとな」
「うん? そんなことあったか?」
礼を言われたものの、心当たりのなさそうなトーラスが首を傾げる。一方、対応中の客へお釣りを手渡していたケイの頭の中では、俄かに以前の記憶が掘り起こされていた。
イヌ科の兄妹。小柄な狼にも似た獣人。ミナ——おそらくは女性の名前。記憶と情報が結びつき、答えはすぐに見つかった。
「……あ、ヒマワリの種の」
「そう、それそれ。新人くんは記憶力がいいな」
辿りついた答えを思わず声に出せば、ゼノが答え合わせをしてくれた。あれはたしか初めてトーラスの配達についていった時のことだった。生花を買いに来てくれたお客さんの中に、ゼノたち兄妹によく似た少女がいたことを思い出したのだ。
彼女が買っていった商品をケイが口にしたことで、トーラスも遅れて思い出したらしい。合点がいったように頷き、彼は鷹揚に笑った。
「ああ、あれか。端数の計算が面倒だから切り捨てただけだよ。礼を言われることでもないさ」
「いい加減だな……そんな雑に商売していいのかよ」
「損はしてないから問題ない。それに、今の花屋にはもう計算上手の優秀な会計係がいるから、オマケすることもそうそうなくなるかもな」
そう言って視線を向けられ、ケイは軽く目を剥いた。トーラスの言葉に、ゼノが感心するようにこちらへ意識を向ける。
「へー。新人くん、優秀なんだ」
「いえ、それほどでも……」
「花屋の即戦力なんですよ」
「ラナさんまで……?」
やんわりと否定しかけるも、追い撃ちのようにラナが妙に得意げな調子で言葉を投げ入れてきたものだから、ケイは半ば愕然としてしまう。内々に褒められるうちは嬉しいものだが、外部、それも他者の目があるところで同じことをされると少々気恥ずかしさが勝つ。もちろん彼らに悪意はない。けれど、だからこそ厄介であることも確かだった。
接客業務ということもあって長い前髪をヘアピンで留めているため、俄かに熱を帯びたケイの顔は丸見えになっているに違いなかった。一連の様子を見たゼノが然も気の毒そうな眼差しをケイへ向けてくる。
「あー……長寿のやつらって、若い身内の可愛がり方が爺婆のそれに近いんだよな……お前も苦労するな」
「いえ、いつもよくしてもらってますから……」
早々に諦め、力なく笑う。とは言え、それは本心からの言葉であった。人前ではちょっぴり恥ずかしいけれど、褒めてもらえているうちが華であることはケイにもわかる。
しかし、ゼノの〝可愛がり方が爺婆のそれに近い〟という言葉には納得せざるを得ない。グランマもよくケイを褒めてくれたものだが、たしかにケイに対する先輩兄妹の接し方は祖父母のノリに何処か似ていた。肉体年齢は止まっているとは言え、やはり実年齢が百歳を超えると多少は精神が老人に寄るのだろうか。
妙なところで疑問を抱いていると、ケイに同情していたゼノが人懐っこい笑みで話を切り出した。
「そういや、まだ自己紹介してなかったよな。オレはゼノ。こっちの仏頂面マスク野郎が同僚のルーで、こっちのおしゃまなチビは末の妹のナナ。ついでにヒマワリの種を買ったのは二番目の妹のミナ。オレら、八人兄弟なんだわ。ちなみにオレが一番上な。居住区に住んでるコヨーテ獣人はオレたちくらいだから、ここらでコヨーテ獣人に会ったら大概はオレの弟妹なんでよろしく」
「八人兄弟……」
並外れた人数に我知らず驚嘆の声を漏らす。ケイの世界でも昔はあり得た数だろうが、少なくとも現代ではほとんど聞いたことがない大家族だ。ひとりっ子のケイには想像もつかない。
やはり八人ともみんな似ているのだろうか。目前のゼノとナナと見比べ、そんなことを考える。言われてみれば以前見かけたミナという子もふたりによく似ていた。彼らはコヨーテ獣人らしいが、見慣れたらまた異なる印象を抱くものなのだろうか。
次から次に疑問が湧き出るものの、今は自己紹介の場面だ。同僚と妹の紹介もまとめて済ませたゼノが、呆気に取られているケイをせっつく。
「で、あんたは?」
「あ……すみません。俺はケイと言います。花屋でアルバイトさせてもらっています。よろしくお願いします」
「ん、よろしくな。ルーとナナも挨拶くらいしろよ」
「…………よろしく」
これまたゼノに促されたルーが重い口を開いて、たったひと言だけを発した。対し、ナナは兄の後ろからチラリとケイを見上げただけでまたすぐに隠れてしまう。そんな連れ合いたちの愛想の欠片もない反応を見て呆れかえったゼノが大きく溜息を吐く。
「ったく、人見知りどもが……。悪いな、ケイ」
「いえ。俺も人見知りなほうなので……」
「そうなのか? なのに接客やってえらいじゃん。齢はいくつなんだ?」
「今年で十七になります」
「へー、うちの上の妹と弟と同じくらいか。そりゃあの世話焼き兄妹も可愛がるわな」
ここ最近やたらと年齢を訊かれるなと思いつつ答えると、ゼノは何やら感心しながら納得した。当人であるケイにはいまいちピンとこないが、少なくても九十歳以上離れている先輩たちから見ればたしかにケイはひよっこだろう。せめて可愛がられた分の働きはできるようになりたいものだ。
そうやってしばし世間話を交わしていると、店にまた新たな客がやってきた。しかし、気付けばいつの間にかトーラスの姿がない。何処に行ったのかはわからないが、店の戦力が減じているのは確かだ。此度はラナがサッとそつなく接客についてくれたものの、ケイものんびりと話し込んでいる場合ではない。それはゼノも察したらしく、彼は自らの背中に貼りつきっぱなしの妹へ声をかけた。
「おっと。いつまでも居座ってたら邪魔になっちまう。ナナ、何か欲しいもんはあったか?」
「これ」
ナナが迷いなく指差したのは早咲きのヒマワリ二輪をメインにしたドライフラワーのミニブーケだった。ハンギング法で作製したアンティークな風合いのドライフラワーとは異なり、ロージー特製の薬剤に浸けて乾かしたそれは生花の色彩を鮮やかに残している。
以前にも上の妹がヒマワリの種を買ってきたというゼノは末の妹が選んだ品を確かめ、財布を取り出した。
「お前ら本当にヒマワリが好きだよな。いやオレも好きだけどさ。これ、いくらすんの?」
「えっと、そちらは特殊な製法のドライフラワーなので銀貨二枚ですね」
「ナナ、やっぱお前、審美眼ってやつがあるな。いっつも高いほうを選びやがって」
値段を聞いた途端にぶつくさ言いながらもどうやら購入する気は変わらないらしい。躊躇なく財布の中に指を突っ込むゼノは兄の顔をしている。なんだかんだ言って末の妹が可愛いのだろう。
だが、ノータイムで支払いの覚悟を決めたゼノをまさかのルーが制した。ここまでほとんどしゃべらずにいた彼は迷いなく自身の財布——と言ってもただの小さな革袋だったが——を取り出し、面倒見のいい同僚へ申し出る。
「ゼノ。ここは俺が出す」
「マジ? いいの?」
「いつも世話になってる礼だ」
「これが情けは人の為ならずってやつか……サンキュー、オレのいつものおこない……」
奢ってくれるルーではなく、当然のように自分自身へ感謝するゼノに思わず笑いかけ、それを寸でのところで噛み殺す。ちょっとばかり間に合わず、失敗した咳のような声を漏らしてしまったケイに向かって、ルーが鉢植えコーナーの辺りを指差した。
「それから、そのアジサイの鉢ももらえるか」
「こちらですか?」
「ああ」
「では、ヒマワリのミニブーケが銀貨二枚、アジサイの鉢植えが銀貨五枚なので、合計銀貨七枚のお支払いとなります」
「わかった。金貨でいいか?」
「はい、大丈夫です。金貨一枚のお預かりで、お釣りは銀貨三枚です。お確かめください」
「ん」
「それでは今お包みしますので少々お待ちください」
最低限の言葉と金銭を以て売買のやり取りを済ませ、ケイは今回の出店においてもっとも大きな鉢植えを抱え上げた。季節の花として淡いブルーのアジサイが植えられたそれはかなりの重量があるけれど、店側で用意してある紙袋はその重さにも耐え得る。これもまたファンタジー的な技術なのだろう。
詳しいことさておき、事前に先輩たちから教わった通りに花や鉢を保護するための梱包を施していくと、それを見守ってくれていたゼノが感心したように呟いた。
「たしかに戦力になってるな」
「すぐそばにお手本となる方がいるので……」
手を動かし続けながら微笑み、テキパキと働くラナへ視線を向ける。言葉遣いも丁寧で気遣いの行き届いた彼女の接客はケイの目標となっていた。トーラスの客に合わせた接客も憧れるが、ケイの性格上、誰を相手にしても変わることなく安定している彼女こそが自分が向かうべき最終地点だと勝手に定めているのだ。
そんなケイたちのやり取りを聞いていたらしいラナが、接客の合間にニコリと笑いかけてくる。
「あら、私ですか? 嬉しい」
「おい、あまり喜ばせると余計に可愛がられるぞ」
「人の妹を妖怪みたいに言うなよ」
失礼なんだかよくわからないゼノの発言に、何処からか帰ってきたトーラスが軽口を挟んだ。何か小さなものを持っているのか、片手をやんわりと丸めた彼を今度はゼノがつつく。
「お前こそ店をほったらかして何処に行ってたんだよ、トーラス」
「ちょっとそこまでな。ちょうどシロツメクサの花がきれいに咲いているのが見えたから」
そう言うとトーラスは地面へ膝をつき、相変わらずゼノの後ろに隠れているナナと目線を合わせた。そして、きょとんとした顔をする少女の右手を取る。
「どうぞ、お姫様」
物言いこそ気障っぽいが、妙に様になるのはその端正な顔立ちゆえか。なんとも自然な振る舞いで華奢な指に可憐な白い花の指輪を潜らせ、彼は飄々とした面差しに柔らかな笑みを湛えた。
「時間が合ったら花冠を作れたんだが、今回のところは指輪で勘弁してくれ」
「あ……ありがと……」
「どういたしまして」
最後にパチリとウインクしてトーラスが立ち上がる。右の薬指に絹糸を丸めたような繊細な花を咲かせたナナは、ポーッとのぼせたような顔で今しがた指輪を贈ってくれた男の面貌を見上げている。きっと彼女の眼には、彼の姿が物語に出てくる王子様のように見えていることだろう。
そんな一連の流れを間近で見せつけられることになったゼノが怯えたように唸る。
「怖い……お前のそういうとこがマジで怖い……いつかアスランでなくても刺されるぞ……」
「何がだ?」
「も~ホントやだ、こいつ……」
きょとんと小首を傾げるトーラスへ、ゼノが情けない声を上げた。苦労の多そうな彼の気持ちを慮ると少々同情してしまう。だが、ケイに口出しできることは何ひとつない。先輩兄妹の度を越えた世話焼きっぷりは今に始まったことではないのだ。傍観を決め込み、梱包の終わった商品の内から花束を差し出す。
「あの、こちら商品です」
「おう……サンキューな。ケイも色々大変だと思うけど、まあ、頑張れよ」
「はい、頑張ります」
互いに同情し合い、苦笑いを交わす。それからケイが我関せずといった調子で突っ立っているルーへアジサイの鉢を渡すと、その間に一旦花束を受け取ったゼノが花の指輪とトーラスの姿を見比べている妹へそれを手渡した。
買った鉢植えを抱きかかえたルーは相変わらずマスクで表情を隠しているものの、仄かに目元が綻んでいるようにも見えた。そうやってそれぞれ望んだ品を手に入れて何処か満足げな顔をする同僚と妹を——ナナのほうはいまだに夢見心地といった様子だが——確かめ、ゼノがひらりと手を振る。
「じゃーな。トーラスはせいぜい刺されないように気をつけろよ」
「……バイバイ」
「ああ、またな」
兄に倣って小さく手を振るナナへ手を振り返し、トーラスが三人を見送った。とは言え店内にはまだ他のお客さんたちが残っている。見送りもそこそこに仕事に戻る。すると、不意にラナがクスリと笑みを零した。
「どうした、ラナ」
「ううん。小さい頃、兄さんが布で髪を結うリボンを作ってくれたことを思い出して」
「ああ、あれか。針も糸もない中で作ったからひどい出来だったけどな」
「たしかにそうだったわね。けれど、今でも覚えているわ」
「そうか」
それだけ言葉を交わすと、ふたりは何事もなかったように自分たちの業務を再開していった。なんとなく気になる話ではあったが、ケイもまた花束を求める客から声をかけられ、早々に仕事へ意識を戻す。
ありがたいことに客足はまだまだ途切れそうにない。結局、三人は昼時になるまで忙しく働くことになった。




