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出張花屋Ⅰ

 ついに蚤の市が開催される六月の第二日曜日がやってきた。待ちきれず朝早くに目を覚ましたケイはさっさと仕度を終わらせ、まだ眠っている父を起こさぬように気をつけながら、いつもよりも随分と早い時間から花屋へ出勤した。魔法使い協会のお膝元、居住区の広場で催される蚤の市は午前中から始まる。お客さんを迎える前に出店の準備を整えねばならない。

 昨日のうちに商品を始めとした荷物は引き車の荷台へ詰め込んである。開催前日ということもあり、本来ならば定休日の土曜であったが、昨日はケイも花屋を訪れて準備を手伝った。当然、休みの日に働くことを良しとしないロージーには嫌な顔をされたが、働くからには給金は出すと言ってくれたので心置きなく働くことができた。

 そうして準備した荷物をトーラスが運び、朝のうちに会場となる広場、その東側の地区へ向かったのが少し前のこと。持ち込んだタープテントを設置すれば、露店の輪郭は出来上がった。あとはお客さんの目に留まるように商品を並べるだけだ。


「ケイ。こっちの棚に小さい鉢植えを並べてくれるか。できるだけ見栄えよく頼む」

「は、はい」


 荷車から次々に商品を取り出していくトーラスに任され、彼お手製の陳列棚に鉢植えを置いていく。中でも小さなものは上の段に、ひとまわり大きなサイズのものは中央の段へ、そして下段には両手で抱える必要がある鉢をそれぞれ並べる。集客に効果的な陳列なんてケイはとんと知らなかったが、ひとまずきっちりと横並びにしてみた。すると、みんなでせっせと作ってきたドライフラワーの花束やリースを飾りつけていたラナが陳列棚にずらりと並んだ鉢植えを見て、クスリと笑んだ。


「ふふ、なんだか合唱団のようで可愛らしいですね」

「たしかに……?」


 言われてみればそのようにも見える気がしてきた。だとすればペチュニアやニチニチソウなどの小さな花から始まり、ガーベラにカンパニュラ、ミニバラ、ラベンダーなどが鉢に植えられ、お行儀よく整列している陳列棚は舞台ということになる。棚の両端に置いたポトスやアイビーなどの蔓性植物はさしずめ舞台端の袖幕だろうか。

 一歩下がって自分が手掛けた商品棚をまじまじと確かめていると、荷車から大きな鉢植えを運んでいたトーラスがこちらへやってきた。アジサイや複数の花による寄せ植え、ゴムの木など、スペースを取るがゆえに厳選に厳選を重ねたいくつかの鉢が棚の周囲に置かれ、鉢植えコーナーはどんどん華やかな雰囲気となっていく。花の種類こそ豊富だが、全体的に淡い色味の花が多いせいか統一感が生まれ、それがより一層、合唱団というラナの総評を印象強いものにしていた。

 用意していた鉢をすべて運び終えたトーラスがケイの隣りに立ち、鉢植えの陳列を確認して満足げに頷く。


「うん、いいんじゃないか。なかなか楽しげに見える」

「よかった……。あの、まだ運ぶものがあるなら手伝います」


 もらった評価に安堵し、さらなる労働を申し出る。トーラスのように力が強いわけではないが、これでも一応は現役の男子高校生。この店で一番の若手なのだから、出来ることはどんどんこなしていくべきだ。

 いつもに増して張り切るケイの様子にトーラスが微笑む。彼は荷台のもとへケイを連れていくと、そこから大きなブリキのバケツを下ろし、店の裏側、テントの支柱のあたりを指さした。


「じゃあ、これをそっちの端に置いてきてくれるか。それなりに重量があるから気をつけろよ」

「わかりました。これは……葉っぱ……?」


 縦に長いバケツへ挿されたものを見て呟く。濃い緑色をしたそれは何かの葉のようだったが、しわしわに萎れきり、元の姿はまったくわからない。店の表側の華やかさには似つかないそれに困惑を覚えれば、トーラスは小さく笑ってその場に立ち留まるケイを促した。


「必要になるかはわからんが、一応な。もしかしたら売り物になるかもしれないから、丁重に扱ってやってくれ」

「しわしわの葉っぱが売り物……?」


 首を傾げながらも言われた通りに正体不明の葉っぱを運ぶ。それからも新たに指示を出してもらいながら陳列を整えれば、多少の謎を残しつつも露店の体裁は着実に整っていった。

 商品の状態を細やかにチェックしながら汚れを拭き取ったり手書きのポップ広告(やはりケイには読めないがきれいな字であることはなんとなくわかる)をあちらこちらに取り付けていたラナが、最後に網板へ掛けたリースの角度を直し、場を取り仕切る兄へ報告する。


「こっちの陳列も終わったわ」

「よし。準備完了だな。そろそろ始まるぞ」


 トーラスがそう言った矢先、辺りに鐘の音が響いた。西側の地区にある学校の鐘だ。一時間ごとに鳴るというその低く荘厳な音色を合図に、周囲の店から拍手が起こる。慣れた様子で拍手へ加わる先輩兄妹に倣い、ケイもパチパチと手を叩いた。

 どうやら今のが蚤の市開催の報せだったようだ。尾を引く残響を聞き届け、トーラスが音頭を取る。


「出張花屋リトル・ガーデン、開店ってな。ケイには初めてのイベントだろうが、本日もつつがなく頑張っていこうぜ」


 ポンと軽く肩を叩かれ、ついに蚤の市が幕を開けた。三人で揃いのエプロンを身に纏い、やる気はバッチリだ。高鳴る胸は少なからず緊張も孕んでいたけれど、そのドキドキ感すらも楽しんでいる自分がいる。そんな己の意外な一面に驚きつつ、ケイはトーラスの言葉に微笑み、頷いたのだった。

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