準備中Ⅰ
「ケイさん。そこを押さえておいてもらってもいいですか?」
「ええっと……こんな感じでいいですか?」
「はい。そのままお願いします」
ラナと共にそれぞれ麻縄の両端を押さえ、壁に固定する。ラナが片側を結び、縄が落ちてこないことを確かめると、今度はケイが押さえているほうを結びにきてくれる。そうして生花が逆さまに吊り下げられた縄を設置すること幾数本。ケイも見様見真似で縄を結び固めることができるようになった頃、ようやく用意していた縄はすべてバックヤード裏——つまり住居部分の壁へ取り付けられた。
最後の縄がしっかり固定されていることを確認し、ラナが満足そうに頷く。
「……よし。ドライフラワーにするお花はこれで足りるでしょう」
スターチス、スモークツリー、ラベンダー、シャクヤク、カーネーション、そしてバラ等々。色とりどりな花々を小分けして壁一面にずらりと並べた光景は逆さまの花畑といった様相だ。花を種類ごとに数本ずつまとめ、茎を麻紐で括るところから作業に参加していたケイも思わず感嘆の声を零した。
「圧巻ですね……」
「ロージーに文句を言われそうだけれど、しばらく我慢してもらうことにしましょう」
たしかに彼女は文句を言うだろうなと、目の前の光景を見ながらケイは密かに賛同した。二階へ続く階段を除いて両側の壁は花で埋め尽くされている。これまでも時おりこうして花をぶら下げたものを目にしたことはあったが、ここまでの量は見たことがない。少し青っぽい爽やかな匂いが充満しているし、玄関から見ればロージーの自室へ続く花のアーチのように見えることだろう。部屋を出て嫌そうに鼻へ皺を寄せる魔女の姿が目に浮かぶ。
ポプリやスワッグを作る際にドライフラワーを扱ったことは既に何度もあるけれど、ドライフラワーそのものの製作はケイにとってこれが初めてだ。今の時点ではただ吊るされただけに過ぎない花を眺めながら、普段からこの店でのドライフラワー作りを一手に引き受けているらしいラナへ質問する。
「このまま乾燥させればドライフラワーになるんですか?」
「ええ。これはハンギング法と言って乾燥に少し時間はかかりますが、直射日光に当てず、風通しのいい場所に吊るすだけでいいんですよ」
なるほど、たしかにこの廊下ならば条件はぴったりだ。花を一纏めにはせず、数本ずつ小分けにしてまとめているのも、風通しをよくして乾燥しやすいようにするのが目的なのだろう。今は色鮮やかなこの花々もいずれ色褪せるのだと思うと、ドライフラワーにはドライフラワーの良さがあるとは言え、少々もったいないような気もする。そんなケイの考えに重なるようにラナの話はさらに続いていく。
「もう少し日が経ったらロージーに乾燥剤を用意してもらって、花の色を鮮やかなまま残す方法でもドライフラワーを作りましょう。ハンギング法のドライフラワーもアンティークな趣があって素敵ですけれど、お花屋さんにはやっぱり生き生きとした華やかな色彩も必要でしょうから」
そう言って逆さまになったバラの花をちょんと指先でつつくと、彼女は胸の前でパチリと両手を合わせた。
「さて、今日のところはこちらの準備作業はこれでおしまいですね。ドライフラワーが出来上がったら花束やリースを作り出しますので、それまでは通常のお仕事や兄さんのお手伝いをお願いします」
「はい」
ざっくりとした今後の予定を頭の中に入れて頷く。トーラスは普段の配達に加えて鉢植え作りをこなすようだし、ラナも干したばかりのドライフラワーの様子を日々確認していくのだろうが、やはり現時点では見習いであるケイにできることは少ないようだ。ひとまずいつも通りに割り振られた仕事を頑張ろう。改めて気合いを入れれば、早速ラナが本日の業務について触れた。
「とりあえず今日はまた虫除けのポプリを作らないと。今年は本当に虫が多いようで、例年に比べると発注が多くて……。なんだかずっとドライフラワーを作り続けている気がします」
たしかにケイも自分が花屋で働き出してからの仕事内容を振り返ってみると、ポプリだのスワッグだのを作っていることが多い。そういった虫除け系の商品の材料となるドライフラワーは魔法植物の花を使用しているらしく、ケイはその正体をまだ自身の目で確かめたことはないが、いつだってたっぷりと用意されているそれをラナが手配しているのだ。これまで取り扱ったドライフラワーの量を思い出し、その労力に感服する。しかし、彼女は自身の働きをそれ以上語ることなく、微笑を浮かべた。
「でも、ケイさんが手伝ってくださるおかげで、今のところ、どうにかお客様をお待たせすることなく納品できているんですよ。私ひとりでしたら夜なべ仕事になっていたことでしょう」
少しばかりおどけるような物言いだが、それは間違いなくケイへの労いの言葉だった。実際には自分にできることなんて本当に微々たるものだとケイは思っていたけれど、ラナの言葉を否定して自身を卑下するのはなんだか違う気がした。故に、彼女の言葉を素直に受け取り、はにかみながら微笑み返す。
「力になれているなら、俺も嬉しいです」
「うふふ。本当に助かっているんですよ。そうしたら、兄さんが配達から帰ってくるまでポプリを作っていましょうか。それで、お仕事が終わったらお茶にしましょう。今日のお茶菓子は以前お伝えした通りスコーンなのですが、生地はもう作って寝かせてあるので、ぜひ焼きたてを召し上がっていってくださいね」
上機嫌となったラナは常より幾分か饒舌になる。いちごジャムとクロテッドクリームを添えたスコーンも待ち遠しいが、近頃はラナのご機嫌なおしゃべりを聞くこともケイの楽しみのひとつになりつつあった。もちろん気の利いた相槌なんて到底できないけれど、それでもケイを話し相手にして気ままにおしゃべりする彼女もいつも楽しげである。そのおかげで気負いすることもなく聞き役にまわれるのだから、ラナと一緒にいるのは気が楽だった。此度も歌うように紡がれていく言葉の数々へ耳を傾けながら、ケイは穏やかな心地でいる。この平穏な時間はポプリ作りの間はおろか、お茶会の場まで続いていくに違いなかった。
おしゃべりと口下手。正反対なふたりは和気あいあいとした雰囲気の中、店のバックヤードへと戻っていった。




