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ちょっとした約束

 グラウンドから微かに聞こえてくる運動部の生徒たちの声をBGMにしながら、ケイは自身の席で本を眺めていた。朝早いこともあり、教室にはまだ誰もいない。グランマのお庭でガーデニングの真似事を始めてからというもの、すっかり早起きが習慣付いてしまい、ここ最近は以前より早めに登校する日が増えていた。元々、早寝早起きは苦にならない性質であるが、こうして静かな時間をひとりで過ごし、徐々に騒がしくなっていく過程に身を置くことはなかなか心地好いものだ。

 誰もいないとは言え、学校で音楽を聴くことは止めたのでイヤホンはせず、本の頁を捲る。写真やイラストも多く載っているそれの隙間を縫うように文章を読み込んでいく。すると、その最中、不意に視界へ影が差した。本を置いている机のふちにかけられた指先を目にして視線を上げれば、この教室にてよく見る顔がそこにあった。


「なぁなぁ雨森クン」


 人懐っこい無邪気な笑顔。机の前にしゃがみ込み、こちらの顔を覗き込むようにして声をかけてきたクラスメイトが八重歯であることを初めて認識しつつ、ひとまず朝の挨拶をしてみる。


「おはよう。佐々木くん」

「おはよう!」


 元気よく返ってきた挨拶は高校生というよりも小学生のそれだ。朝から清々しい振る舞いに思わず感心すると、普段からあまり落ち着いているとは言えない彼は興味津々といった様子で机に広げられた書籍を見た。


「なぁ、最近よく本読んでるけど、いつも何読んでるん?」


 問われ、意外と人のことをよく見ているのだな、なんて失礼な考えが浮かぶ。それを誤魔化すように微笑を作り、質問に答える。


「いつもは適当に家の本棚から持ってきてる小説だけど……今日のは園芸の指南書みたいなやつだよ」

「園芸? 雨森クン、土いじりとかすんの?」


 パチクリと目を瞬かせる姿はやはり屈託がない。きっと意外に思われたのだろう。これでお互いに相手の意外な一面を知ったことになるものの、佐々木くんは気付いていないに違いなかった。

 いつも何かにつけて騒々しい上にあまり空気が読めるタイプではないようだが、なんだか憎めない愛嬌のようなものを感じさせる。見たところ彼に友だちが多そうなのは、そのあたりが所以なのかもしれない。かく言うケイも、つい先日、困らされたばかりだというのに、彼へ悪感情を抱いてはいない。なんとも羨ましい性質だ。そんな分析をしてみながら他愛もない世間話を繋げる。


「最近ちょっと始めてみたんだ。人から花の苗を分けてもらったから、ちゃんと咲かせたくて」

「へ~! オレ、花は小学校ン時の朝顔しか育てたことないや。花、咲くといいなっ」

「うん。ありがとう」


 口下手な自分と話したところで大して面白くもないだろうに、ニコニコと笑ってくれる佐々木くんはきっといい人なのだろう。だから、ケイも話を切り出す勇気が出た。


「佐々木くん」

「うん? 何?」

「その……俺の眼のことなんだけど」


 思いきって前回困らされた時の話題を自ら持ち出せば、目の前の瞳がキラキラと輝いた。


「え、やっぱ黄色いん!?」

「えーと、そうなんだけど、できたらそのことはあまり人に言わないでほしいんだ」


 そう告げてみれば、表情豊かな佐々木くんの面貌がきょとんとしたものになる。そして、いつだって大きく張っている声が潜められ、ひそひそと内緒話をするようにして問われる。


「秘密なん?」

「そんな大したものじゃないけど……そう、だね。秘密にしてくれるとありがたいな」


 理由は告げずに頷く。正直、何故なのかと訊ねられたら非常に困る。あまり説明するようなことではないし、何より花の魔女からグランマに関することを口止めされているのだ。眼の色くらいは人に見られても別に構わないだろうが、何がきっかけでバレるかもわからない。口止めの契約を交わしているとは言え、いざという時にうまく言い逃れできる自信はケイにはない。故にできれば理由を語りたくないのだが、その懸念は不要だったようだ。

 しばしジッとケイの顔を見上げていた佐々木くんは、意外なまでの素直さを以てしっかりと頷いてくれた。


「そっか。わかった。オレ、秘密にするわ。約束な!」

「うん。ありがとう」


 返ってきた言葉にホッとしつつ、結局はまた大きく張り上げられた声に苦笑する。彼が何処まで約束を守ってくれるかはわからないけれど、ひとまずはこれでよしとする他ない。

 毒気なんてまったくない笑顔を見やり、読みかけの書籍に栞を挟む。まだ他に人のいない教室で、彼が話し相手を求めていることは既に察していた。

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