ちょっとした会議
トーラスの言う通り、庭の草むしりは最後まで終えることができなかった。まだ多くの雑草を残して陽が傾き始め、今日のところはひとまず切り上げることになったのだ。それでもたくさん汗を掻いたため、ケイは一度家へ帰り、汗まみれの服を着替えてきていた。こういう時、扉一枚で行き来できるのは非常に助かる。
グランマの家のほうは既に陽が沈みきっていて、家の中も窓の外も暗かったが、花屋はまだ明るく、庭は西日に照らされて赤っぽく染まっている。この世界独自のものなのだそうだが、花屋のあるこの辺りは随分と日が長い。夕方の橙色の陽射しが何時間か続くのだ。おかげで仕事終わりの習慣となっているお茶会も明るい中で楽しむことができる。
一度、家へ帰ってからわざわざお茶会のために戻ってくるというのはなんだか妙な心地だが、毎回ラナがたっぷりとおやつを用意して楽しみにしてくれているのだから、わざわざ断る理由はない。特に今日はお茶会を兼ねて、今度参加することになった蚤の市へ向けての会議をおこなうと言うのだからなおさらだった。
本日のお茶会は、テラスへ設置されたガーデンテーブルにグリーンのギンガムチェックのテーブルクロスをかけ、その上にいちごジャムのサンドイッチとシンプルな白磁のティーセットが並べられている。サンドイッチを乗せているのは、以前、蚤の市でラナが購入したあのタンポポの絵が描かれた皿だ。お茶はミルクティーを合わせるようで、ピッチャーから各自のティーカップへ流し入れられたたっぷりのミルクに、熱々の紅茶が注がれる。真っ白な器の内側で、真っ白なミルクと赤っぽい紅茶が混ざり合い、柔らかな色合いに変わっていく。砂糖は入れない。カップのふちに口をつけると、ふわりと温かな湯気が眉間を擽り、遅れてまろやかな味わいが咥内に広がる。それをゆっくりと飲み込めば、空っぽの胃袋が熱を宿した。
ホッと人心地ついてサンドイッチへ手を伸ばす。配られた自分の小皿にふた切れほど取り分けたところで、のんびりとミルクティーを楽しんでいたトーラスがおもむろに口を開いた。
「それで、蚤の市に持ち込む商品についてなんだが……」
いよいよ会議が始まるようだ。今まさに手をつけようとしていたサンドイッチを前に一旦止まるべきか迷うが、トーラスに「食べながらでいい」と促され、遠慮なく食べ始める。甘酸っぱいジャムと、パンに薄く塗られたバターのコクに舌鼓を打つと、それを見届けたラナが最初に発言した。
「居住区のお店へ卸しているポプリやスワッグ、ハーブティーなんかは除くとして、目玉商品はやっぱり花束かしら」
「だが、来月となると初夏だろう。切り花は特に暑さに弱いからな。冷却魔法を利かせた出店に並べているうちはともかく、客が持ち歩いているうちに萎びちまう」
「それじゃあ、ドライフラワーのミニブーケなんてどうかしら。どちらにせよポプリやスワッグのために花を乾燥させるのだし、前に販売したドライフラワーのリースも好評だったから、お客様にも喜ばれると思うのだけれど」
「いいな。そしたら、ドライフラワーのミニブーケを中心にして花器やら園芸用品やらも持っていくか」
慣れた調子でとんとん拍子に決められていく話し合いに耳を傾けながら、ケイはふたたびミルクティーを飲んだ。端からわかっていたが、見習いである自分が口を挟むことはなさそうだ。持ち込んだノートに出た意見を書き留めているらしいラナを見ると何もしていないことに少し申し訳なく思うものの、そもそも働き始めてひと月ばかりの新入りにできることはほとんどない。それでも会議の場に呼んでもらったことが嬉しくて、きちんと流れを把握しながらおやつに勤しむ。しかし、その見解は間違っていたらしい。
それまでラナと話し込んでいたトーラスが、不意にケイへ話を振ってきた。
「ケイは何か気になることとかあるか?」
「え……俺ですか?」
「お前もリトル・ガーデンの一員だからな。意見があったら言ってくれよ」
嬉しい言葉ではあるが、急に言われても素人同然の自分に何かいい案が浮かぶものだろうか。ティーカップをソーサーへ置き、少し考えてみる。すると、ふとある考えが頭に過ぎり、ケイはそれをそのまま口に出してみた。
「あの……見当外れだったら申し訳ないんですけど、切り花がダメなら鉢植えはどうでしょうか……?」
それは我ながらなかなかいい案に思えた。しかし、口にしてからすぐに懸念点に思い至る。
「あ、でも、場所を取るか……」
「いいえ、いい案だと思います。ねえ、兄さん」
「そうだな。たしかに場所は取るだろうが、小さな植木鉢ならまだ在庫がいくつか残っていたはずだし、陳列で工夫すりゃどうにかなるだろ」
自信なさげに呟いたが、ラナとトーラスはすっかり乗り気だ。ケイの思いつきを実現させるべく、兄妹ふたりがどんどん詳細を詰めていく。
「小さなものは数を揃えるとして、見栄えする大きな鉢も数を絞れば置くスペースを作れるはず。季節的にはアジサイやカラー、インパチェンス……それからアイビーの蔓を活かした鉢植えも素敵だわ」
「早めに鉢の在庫を確認しておこう。この前の蚤の市でラナが買ってきた一輪挿し用の花瓶も出すか」
ケイの案は無事に採用となり、あっという間に現実味を帯びた意見が飛び交う。あまりにあっさりと決まったものだから、それでいいのかと少し心配になってしまうが、他のふたりに異論はないようだ。ラナからここまでの意見を書き留めたノートを手渡され、それを確かめたトーラスが今後の予定を簡潔にまとめてくれる。
「まずは俺とラナで道具類の確認をするとして、ケイはラナのドライフラワー作りを手伝ってやってくれるか。鉢植えのほうは俺が準備しておくが、そっちも水やりとかを適宜手伝ってもらうかもしれん。準備中も引き続き通常業務はあるもんでな。配達なんかで俺が留守の時は頼む」
「わかりました」
仕事を割り振られ、ケイはしっかりと頷いた。先輩店員ふたりが是と言っているのだから、新入りが心配することは何もないのだ。
トーラスからノートを返されたラナが、今しがた自分で書き込んだ帳面を眺めながら誰に話しかけるでもなく独り言ちる。
「しばらく少し忙しくなりそうね」
その呟きはなんとも嬉しそうな響きを含んでいた。ケイにはあまり馴染みのないことではあるが、たしかに文化祭などの準備期間にも似たわくわく感がある。ラナが上機嫌なのも頷けるというものだ。
そんな軽やかな空気に後押しされ、持ち分のジャムサンドイッチを食べきり、さらなるひと切れを求めてテーブルの中央に置かれた皿へふたたび手を伸ばす。すると、気遣い屋のラナはケイのカップがほとんど空いていることに気付き、ミルクピッチャーを手に取った。
「ケイさん、お茶のおかわりもいかがですか」
「ありがとうございます。いただきます」
「うふふ。今日は特にお腹が空いていらっしゃったみたいですね」
「今日はよく働いたからな。たくさん食べるのはいいが、夕飯分の腹は空けておけよ」
「ジャムがおいしくてつい手が伸びちゃって……気をつけます」
「まあ、嬉しい。ジャムはまだまだたくさんありますから、今度はスコーンでも焼きましょうか」
ラナの提案にケイは懐かしさを抱き、ふと昔のことを思い出した。スコーンにジャムを乗せて食べるだなんて、子どもの時以来だ。あの頃はグランマがジャムのほかにバターを添えてくれていたけれど、本来は特別なクリームをつけていただくものだと言っていたことも思い出す。当時はなかなか手に入らず、バターで代用する他なかったのだが、それでも焼きたてのスコーンはおいしかった。
記憶に刻まれた味を思い返し、今この瞬間に味わっているいちごジャムの芳醇な甘みも相まってまだ見ぬラナ特製スコーンに期待が膨らむ。ついこの間まで食欲のない小食家だったなんて思えないことを考えていると、すぐそばにあるガラス戸が開かれ、淡いグリーンのカーテンの向こうから聞き慣れた声が飛び出してきた。
「スコーンを焼くならクロテッドクリームもたっぷりと添えてほしいところだね」
「あら、ロージー。起きてきたの?」
裸足のままテラスへ下りてきた魔女へラナが声をかける。開口一番に注文をつけられたことは気にしていないようだ。
ロージーは小さく華奢な手指をひらりと振ってラナの言葉に応えるが、その仕草は如何にも横柄だ。そうやって偉ぶっている姿は人によっては反感を覚えそうなものだが、実際にこの花屋の中ではもっとも立場が上なのだから困ったものである。
今日も今日とてこれっぽちも労働などしていない店長は当然のように空いた席に腰を下ろすと、ふてぶてしい態度で踏ん反り返った。
「あーあ、よく寝たから喉が渇いちゃった。ぼくにもお茶をちょうだいよ」
「はいはい。少し待ってね」
なんだかんだロージーに甘いラナは早速せっせと世話を焼き始めている。甲斐甲斐しく淹れられるミルクティーを待ちながら、ロージーはテーブルの上の皿へ目を向けた。
「今日のおやつはジャムサンドか。いいね」
「もうすぐいちごの季節も終わりだから、たっぷりジャムを煮ておいたの」
「じゃあ、もうしばらくしたらラズベリーとさくらんぼが採れるようになるね。いい季節だこと」
ラナから温かいミルクティーを注がれたカップを受け取り、早速口をつける彼女は見るからに上機嫌だ。ケイが仕事の前に訪ねてからずっと眠っていたおかげかもしれない。一体、一日に何時間ほど眠っているのだろう。そんな疑問を思い浮かべながら何となしにロージーを眺めるが、もちろん口には出さない。せっかく機嫌がいいのにわざわざそれを損ねる必要はないのだ。
この面子の中では自分がもっとも嫌味を吐かれる確率が高いことに自覚的なケイは、同じテーブルに着きながらも息を殺し、ミルクティーを啜る。その傍らで、トーラスがロージーへサンドイッチを取り分けてやりつつ、仕事の話を彼女に振った。
「ロージー。一応報告しておくが、来月の第二日曜日に開催される蚤の市へウチも参加することになった」
「へえ、いいんじゃない。前回も好評だったみたいだしね。まあ、頑張ってよ」
「相変わらずの放任主義だな、店長殿は」
「やりやすくていいだろう?」
「否定はしないさ」
涼しい顔で答えるトーラスに、ロージーが小さく笑う。顔立ちこそ幼子そのものだが、ちょっとした仕草や表情は何処か老熟しているように感じさせるのだから、彼女はやはり数百年生きている魔女なのだろう。
先輩店員ふたりに比べ、接する機会の少ない店長をぼんやりと観察していると、早速サンドイッチに齧りつき始めた彼女とバチリと眼が合った。反射的にびくりと肩が跳ね、遅れて、しまったと思う。これでは嫌味を言ってくれと言っているようなものだ。咄嗟に身構え、これ以上、下手な反応を示さぬように態勢を整える。だが、意外なことに嫌味が飛んでくることはなかった。
「ほら、君もぼさっとしていないでどんどん食べなよ。いちごの食べ納めは近いんだ。食べないならぼくがみんな食べちゃうよ」
最後にちょっぴり意地の悪いことを言いつつも、その物言いは普段に比べればうんと穏やかなものだった。気まぐれなのはいつものことだが、気分屋な彼女と付き合っていくのはなかなか骨が折れる。
こんなにも気難しいロージーと、グランマはどのように過ごしてきたのだろう。今の自分には知りようのない過去へ思いを馳せ、ケイはふたたびサンドイッチへ手を伸ばした。残りのすべてを彼女へ譲ってしまうにはまだ未練が残っていた。




