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蚤の市Ⅱ

 蚤の市の会場である広場はなかなかの人出だった。出店自体はある程度の間隔を空けて設けられているし、人々が歩む通り道もスペースを充分に確保されている。しかし、それにしても人が多い。歩いていて誰かとぶつかるようなことはないけれど、同行者とはぐれたらそれなりに難儀することは目に見える。

 此度の蚤の市で案内役を引き受けてくれた犬獣人デイジーも同じことを考えたようで、辺りを見まわしながらその所感を口にした。


「今日は結構にぎわってるね」

「そうね。はぐれないようにしないと。ケイさん、何か気になるものがあったら遠慮なく声をかけてくださいね。足並みを揃えてまいりましょう」

「はい」


 しっかり者のラナに促され、ケイもまたしっかりと頷く。快く同行を受け入れてもらえたとは言え、今の自分は、仲の良い友だち同士であるふたりの中に混ぜてもらっている身分だ。せめて迷惑をかけないようにしたい。

 そうやって改めて心に誓っていると、早速何かを目にしたらしいデイジーがはしゃぐようにして声を上げた。


「あ、このワンピース可愛い~! サイズ合うかな?」

「いい色ね。あなたによく似合いそう。前に被っていた麦わら帽子と合わせたら可愛いんじゃないかしら」

「たしかに。サイズも……うん、大丈夫そう。これは買いだね。交渉してくるっ」

「頑張って」


 きれいな空色のワンピースを手に意気揚々と店主のもとへ向かっていくデイジーを見送りつつ、ケイは周囲を見まわした。この辺りは衣服を扱う店が集っているようで何処も彼処も布地に溢れている。中には奇抜な服や、よく言えばレトロな服などもあるが、大半はケイの世界で見かけるものと似たようなデザインだ。よく見れば、様々な姿かたちの種族が利用するためにサイズや形状もまた様々であるようだが。

 それにしても服屋だけでも本当に店の数が多い。目当てのワンピースを値切っているらしいデイジーを待ちながら、何となしにラナへ話しかける。


「蚤の市って服もたくさんあるんですね」

「ええ。私もよく買わせていただいています。今着ているワンピースも以前の蚤の市で購入した古着なんですよ。ケイさんも、もし欲しいものがあったらお洋服に限らず言ってくださいね。価格交渉をお手伝いしますから」

「頼もしい……」


 慣れた様子の先輩に、思わず心の声が漏れる。口にしてから、年上と言えど女性相手に用いる言葉ではないように思ったが、世話焼きのラナは満更でもなさそうに微笑んだ。

 そのまましばらくふたりで話していると、満足いく買い物をできたらしいデイジーが紙袋片手に戻ってきた。


「お待たせっ。ちょっと安くしてもらっちゃった。そっちは何かいいものあった?」

「うーん……お洋服も気になるけれど、今回はやっぱりお皿が目的だから、まずはそちらから買っていこうかしら」

「じゃあ次は食器類を見にいこっか。ケイくんもそれでいい?」

「はい。俺は特に目的があるわけではないので、行き先はおふたりにお任せします」

「オッケー! そうしたら早速行こうっ」


 デイジーの号令をもとに、三人は人混みを避けつつ広場の東へ向かって歩き出す。どうやらこの蚤の市では商品の種別ごとに店を固めているらしく、服ばかりが集っていた区域を抜けると、やがて食器類を並べる店が現れ始めた。それらを見まわりながら、ラナとデイジーが目当ての皿について話す。


「ラナはどんなお皿を探しているの?」

「ロージーが割ってしまったのは、白い磁器の平皿で、大きな薔薇が描かれていたの。だから、それに似たお花の描かれたお皿があったらいいのだけれど……」

「お花のお皿……」


 ラナの話を聞いたケイは独り言ちるように呟き、近くの店の商品へ視線を走らせた。そこにはたくさんの皿が陳列されており、中には小花のような柄が描かれた品もあるものの、ラナの言うイメージとはまた違う気がする。事実、ラナ自身も同じ商品を目にしているようだが特に反応はない。もっと花の絵が目立つようなデザインのほうがいいのかもしれない。あちこちに目線を向け、それっぽい皿を探していると、デイジーがふたたび弾んだ声を出して少し離れた店頭を指さした。


「あ、あのマグカップ可愛い」

「ふふ、見てきたら? 私もしばらくこの辺りを見てまわるけれど、この程度の人混みなら私たちはともかく、あなたがはぐれることはないでしょう?」

「……うん、そうだね。今日はケイくんもいることだし、ラナの付き添いはお任せしちゃおうか。よし、私、ちょっと見てくるっ」

「いってらっしゃい」


 少しばかり逡巡した後にいそいそとマグカップを見に行くデイジーを見送り、ラナがこちらを向き直る。ケイの意見を聞かないうちに今後の方針を決めてしまったことを気にしているのか、彼女は申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ。


「ごめんなさい、ケイさん。しばらく私の買い物にお付き合いしていただけますか?」

「はい、もちろん。もし必要だったら荷物持ちも任せてください」

「まあ。なんて頼もしい助っ人なんでしょう」


 お供気分で申し出れば、ラナはおどけるようにそう言ってクスクスと笑った。

 犬獣人ゆえに鼻の利くデイジーがはぐれる心配はないとのことで、ひとまず気の向くままに辺りを見てまわることにしたふたりは肩を並べて歩き出す。ケイと身長がほとんど変わらないラナだが、今日はヒールのあるパンプスを履いているためにいつもより目線が少し高い。どちらともなく歩調を合わせ、順に店を巡っていく。


「お皿はたくさんありますけど、これだけ多いと探し出すのが大変そうですね」

「ええ。ですが、この多くのお皿の中から見つけ出すというのもなかなか運命的でしょう?」

「たしかに」


 あまりの品数にそんな会話を挟みつつ物色を続ける。積み重ねられて小さな山になったココット皿、木製のサラダボウル、動物の絵が描かれた派手な大皿に、揃いのティーセット——それから食器に紛れて陶器の置物なんかも売っているようだ。この膨大な売り物たちの中から目当ての皿を見つけるというのは、なるほどたしかに運命的だろう。だが、膨大な数に埋もれて見つからない可能性もあるのではないか。

 如何にも後ろ向きな心配が頭をもたげる。だが、のんびりと近場の店を覗いているラナの姿を見て、別に急いでいるわけでもないのだしそれでもいいのだろうとすぐに思い直した。見つけても、見つけられなくても、それも運命の範疇というわけだ。

 ひとり納得し、ふたたびラナと一緒に商品の物色を続ける。きれいな色のカップ&ソーサー、じょうろに似た形のケトル、細やかな装飾のワイングラス、背の高いキャンドルスタンド……様々な品が視界に飛び込んでは去っていく。その最中、何かに目を留めたラナがふと立ち止まった。


「あら、可愛い」

「これは……花瓶ですか? でも、なんだか小さいような……」


 ラナが見つけたのはガラス製の小さな花瓶だった。棚にいくつも並べられたそれは明らかに花を挿す形をしているが、このサイズでは花束なんてとても飾りきれないことは明白である。不思議に思って首を傾げると、既に花瓶を手に取って眺め始めていたラナがその正体を教えてくれる。


「こちらは一輪挿し用の花瓶ですね。少し埃を被っているけれど品質もよさそうだし、お店に並べてもいいかも……。すみません、こちらの花瓶はおいくらですか?」

「ひとつ大銅貨三枚だよ」

「十個ほどまとめていただきたいのですが、ひとつあたり大銅貨二枚と銅貨五枚ほどにしていただけませんか?」

「それだと端数が出るから十個まとめて銀貨二枚でいいよ。どうせ物置から出てきた不用品だからね」

「本当ですか? ありがとうございます。そうしたら十個の花瓶をいただけますか」

「はいよ。まいどあり」


 目の前で流れるように繰り広げられたやり取りによって、あっという間に花瓶は購入された。店主らしき腰の曲がった蛙頭の老女が花瓶のひとつひとつを新聞紙(やはりケイには読めない言語が刻まれている)で包んでいく。思わぬ掘り出し物を入手したラナはご機嫌な様子でその作業を眺めている。


「思わぬところでお店の仕入れまでしてしまいました。帰ったらきれいに磨かなきゃ」


 彼女の呟きに、老女の手の中で陽射しを受けてキラキラと煌めくきれいなガラスが、花屋の店内に並ぶ光景を想像する。一輪挿し用となると一本きりでも映える花が相応しい。今の季節だとチューリップなんかがいいかもしれない。定番どころだと薔薇もよさそうだが、仕入れということは、この花瓶たちは商品となるのだろう。けれど、もともと来客の少ない店だ。しばらくはケイたちの目の肥やしとなるに違いなかった。

 しばらくしてすべての花瓶が包装され、簡素な箱に詰められた上で紙袋にしまい込まれた。会計を済ませ、ラナが品物を受け取ったところでケイは有言実行とばかりに声を上げる。


「俺が持ちます。ラナさんはそのままお皿を探して下さい」

「ありがとうございます。少し重いですけれど、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。今度は割らないように気をつけます」

「まあ、ケイさんったら」


 ケイが花屋でアルバイトを始める口実となったあの花瓶をなぞって言えば、ラナは然も可笑しそうにクスクスと笑いながら、素直に新しい荷物を預けてくれた。

 本日初めての買い物を成し遂げたものの、目当ての皿はいまだに見つかっていない。しかし、花瓶という直球に花と関連する品に出会えたことで運が向いてきたような気にもなっている。そして、その直感のような感覚はすぐに現実となる。

 蛙老女の店を後にして、またぶらぶらと近場の店を覗き始めた矢先、今度はケイの眼が何かを捉えた。足を止め、視界に映り込んだ黄色のそれを確かめるように言葉にする。


「あ……お花のお皿……」


 ぽつりと漏らした呟きにラナも反応し、立ち止まった。それからどちらともなく件の皿へ近付き、ふたりして同じものをまじまじと眺める。

 それはなんとも優しい風合いをした陶器の丸皿だった。白に近しいベージュ色が温かな印象を抱かせる。窪みは浅く、器のふちには黄色の丸っぽい花がいくつか描かれており、そのうちのひとつは白い綿毛となっていた。ベージュにイエロー、そして茎と葉のグリーンが集う素朴な皿を見て、ラナが花の種類を言い当てる。


「これは、タンポポかしら」

「なんか目について……。でも、薔薇とはイメージがかなり違いますよね」


 花の描かれた皿という要素につい反応したけれど、目の前の皿は、ラナの言っていた割れた平皿の印象とか明らかに乖離しているように思えた。薔薇を絵付けされた皿はきっと優雅で上品だっただろうが、今、眺めているタンポポの皿からは絵本に出てきそうな飾り気のないあどけなさを感じる。まるで異なるイメージに、思わず申し訳ないような気持ちが滲んだ声を出してしまった。

 だが、ラナは切れ長だがいつだって柔和な眼差しを乗せる双眸でタンポポの絵を見つめ、緩やかに首を横に振る。


「私、薔薇も好きなのですけれど、タンポポも大好きなお花なんです」


 そう言って躊躇なくその皿を手に取ると、彼女は店番をしているとんがり帽子を被った小柄な女性へ声をかけた。


「このお皿、いただけますか」

「あら、可愛らしいお嬢さんだこと。本当は銀貨二枚なんだけど、少しオマケして銀貨一枚と大銅貨七枚でどう?」

「よろしいのですか? では、そのお値段でお願いします」

「はいはい。今、包んであげるから待っていてね」


 とんとん拍子に事が進み、タンポポの皿は無事にラナのものとなった。丁寧に梱包され、紙袋に入れられた品を受け取ると、彼女は然も嬉しげに微笑んでそれを胸に抱いた。まるで新しいぬいぐるみを買ってもらった幼子のような姿は何処か少女めいている。


「ケイさんのおかげで新しいお皿に出会うことができました。ありがとうございます」

「いえ、俺は特に何も……」


 本日の目的を果たしたことで礼を伝えられるが、ケイはドギマギと首を横に振った。自分はただ目についたものを示しただけなのだ。故に、こんなにも簡単に購入を決めてしまっていいものなのかと面食らっていた。

 けれど、ラナはそんなケイの困惑に気付いていないようで、早くも今しがた手に入れた皿の使い道に想いを馳せている。


「このお皿には何を乗せようかしら。ケーキやクッキーもよさそうだけれど、果物やサラダを乗せても可愛いかも」


 ウキウキと想像を膨らませる彼女は至って素直だ。新しい食器との出会いに心を弾ませているのが見て取れる。その様子を目にしたことで、自分の心配が不要なものであることを覚らされる。

 本当に気に入ってくれたようでよかった。ホッと胸を撫で下ろしていると、頭の中で未来の風景を思い描いていたラナが我に返り、はにかんだような表情を見せる。


「ああ、私ばかりごめんなさい。でも、これで私の用事は終わりましたし、ケイさんも自由に見てまわってくださいね」

「いえ、もう充分に楽しんでますから。俺は特に目的なく来ているので、本当、お気遣いなく」


 こちらを気遣うラナに本心から言葉を返し、ケイは自然に手を差し出して彼女から新たな荷物を受け取った。現状としては、こうして荷物持ちをしているだけになっているけれど、そもそもが蚤の市の雰囲気に興味があるという理由での参加なのだから、ケイの目的は既に達成されていると言える。あとはこれまで通り辺りをぶらぶらと冷やかしでもすればケイとしては満足なのだが、そう言えば少し前に別れたデイジーは何処にいるのだろう?

 そんな疑問が湧き上がった矢先、人混みを避けるようにしてデイジーが姿を現した。犬の鼻を活かし、ケイとラナの匂いを辿ってきたらしい彼女はすぐにふたりを見つけ、足早に近寄ってくる。その手には紙袋がひとつ増えていた。


「あ、いたいた。ラナ、ケイくん。お買い物できた?」

「デイジー、おかえりなさい。ええ、お皿と花瓶を買えたわ。あなたもマグカップを買ったの?」

「うんっ。ペアのマグカップと、それからミルクピッチャーを買えたよ。今日から早速使うんだ」

「お互い気に入ったものがあってよかったわね」


 和やかに戦利品を報告し合うふたりを見ていると、なんだかほっこりする。友だちが多いとは言えないケイには馴染みが薄いけれど、学校や街中で見る女子及び女性たちが似たようなやり取りをしているところはよく見かける。世界は違えどそういったところに違いはないのだとしみじみと実感しつつ、ケイは会話の隙を見計らってデイジーにも声をかけた。


「あの、もしよかったら、デイジーさんの荷物も俺が持ちます」

「え、いいの? ありがとっ。ケイくんって紳士な男の子なんだね」


 そう言いながら食器類が入った紙袋に、先に買ったワンピースを入れた袋をしまい込み、荷物をひとつにまとめた彼女はまさに気遣いの人である。袋をまとめてくれたおかげで数自体は減ったものの、今から預かるものも含め、彼女たちの荷物の大半は割れ物だ。簡単に梱包はされているとは言え、何かにぶつけたり転んだりして傷つけないように気をつけなければ。密かに気を引き締め、大した重みでもない袋を手渡される。すると、その瞬間、デイジーの腹がタイミングよくクゥと可愛らしい音を立てた。


「あはは、お腹が鳴っちゃった。ねぇ、そろそろお昼にしない?」

「そうね。そろそろそんな時間だもの」

「ケイくんはどうかな? もうご飯、食べられる?」

「大丈夫です。もう食べられます」

「よし、そうしたら屋台のほうを覗いてみよっか。ケイくんの分は約束通りお姉さんがご馳走してあげましょう」

「え、あ、ありがとうございます……?」


 たしかに互いに自己紹介した時にそのようなことを言われた覚えはあったが、あれは約束だったのか。そんな考えが過ぎったせいで妙に半端な感謝を述べれば、デイジーが明るく笑う。

 身の軽い女性陣はここまで歩いてきた距離なんてなかったような足取りでふたたび歩き出した。ふたりのペースに慣れつつあるケイもその後ろをついていく。

 たくさん歩いたおかげか、トーラスの配達についてきた時と同じように程よい空腹を覚えていた。少しずつではあるが、近頃は食事の楽しみを思い出しつつある。そんな自分の変化に何か感慨のようなものを覚えながら、ケイは先を行くふたりの気ままなおしゃべりへ黙って耳を傾けた。

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