金獅子アスランⅡ
「アスランは悪いやつじゃないんだ」
食堂で食事を注文し、席について食べ始めた頃合いに、トーラスは開口一番にそう言った。
ちょうど豚肉とキャベツの煮込みを口に運んでいたケイは手を止めるべきか迷ったものの、向かいの席で話し始めた張本人がチーズ入り豆サラダをスプーンですくい上げたのを見て、食事を続けながら耳を傾けることにした。獅子獣人のアスランに罵倒されていた最中も何ら変わらなかった、いつも通りの穏やかな顔でトーラスは言葉を続けていく。
「あいつは協会の特別警備課ってところに所属していてな。協会や周辺世界の治安維持だとか、悪質な魔法使いや魔女の取り締まりに駆り出されることが多い」
ケイの頭の中に先ほど対面した鎧を身に着けた獣人の三人組が浮かび上がる。あれはその特別警備課の規定の装備だったのだろう。これまで短期間に多量のファンタジーを浴びてきたが、荒事の気配を感じたのは今回が初めてだった。
居住区の様子も含め、平穏そうな印象を協会へ抱いていたけれど、その裏ではやはり治安の維持に尽力する人々がいるのだ。その事実を強調するように、アスランの話が掘り下げられる。
「体を張ってたくさんの人を守っているやつなんだ。すごく真面目だし、努力家でもある。ただ、少し色々あってな。俺を見かけるとちょっとばかり頭に血が上っちまう」
ちょっとばかり、という程度ではなかったように思うが、ケイは口出しせずに黙ったまま話を聞き続けた。トーラスの言いたいことが何かは既に察しつつある。そして、その予測の通り、彼はアスランについての話をまとめていった。
「見ての通り獅子だから顔は怖いし、デカいし、不器用というか真面目すぎて融通が利かないところもある。だけど、本当に悪いやつではないんだよ」
そう締め括り、スプーンに拾われたひよこ豆と白いんげん豆がようやく口へ運ばれていく。ゆっくりと咀嚼するトーラスの面貌をチラリと見やり、ケイは少し酸味のある柔らかなキャベツを飲み込んだ。それから次のひとくちをフォークですくい上げる前に、迷いながらおずおずと口を開く。
「その、トーラスさんは……」
「うん?」
「……トーラスさんは、アスランさんのこと、嫌じゃないんですね」
先ほどの言葉から汲み取った真意を端的にまとめれば、トーラスは俄かに目を伏せた。その視線の先で、スプーンの先端が意味もなく豆を転がす。一瞬の沈黙を挟み、彼は淡く微笑んだまま、訥々と答えた。
「ん……まぁな。元はと言えば俺が悪いしな」
いつだって悠然としているトーラスにしては、珍しく歯切れの悪い口ぶりだった。けれど、ほんの少しばかり曇った面差しはすぐさまいつもの朗らかさを取り戻し、今度は淀みない物言いでケイへある頼みを申し込んでくる。
「俺と一緒にいたからって理由でお前を敵視するような了見の狭い男じゃないから、もし俺のいないところであいつに会ったら普通に接してやってくれるか。あいつのことだから、きっと後になって初対面のお前へ挨拶ひとつしないでああいう振る舞いをしたことを反省すると思う。だから、もしお前が気にしないのであれば、そうしてくれたら俺としても嬉しい」
「……わかりました」
トーラスからの頼みを受け、ケイは僅かな逡巡を経て頷いた。正直、釈然としない気持ちはある。あの大きな獅子獣人が迫りくる様は今思い出しても恐ろしかったし、何より優しい先輩店員が目の前で詰られたことは面白くない。でも、当の本人がそうしてほしいと願っている以上、ケイはそれを了承するほかなかった。そうやって渋々ながら頷いたケイへ、トーラスが安堵するように頬を緩める。
「そうか。よかった。あいつは本当に真っ直ぐなやつだから、俺のせいで誤解されちまったら忍びないだろう」
ホッと小さく吐息を漏らし、そう言う彼の眼差しはひどく優しい。本当にアスランのことを嫌っていないどころか、少なからず好意を抱いているのだと双眸が言葉もなく語っていた。
「ほら、飯が冷める前に食えよ。種類は少ないがデザートもあるぞ。甘いもの、嫌いじゃないんだろ? せっかくだし食っていけよ」
もはや心配事は何もないと言わんばかりに常の調子でいるトーラスに促され、ケイはホロホロになるまで煮込まれた豚肉に手をつけた。繊維が崩れ、すっかり柔らかくなった肉を食めば、自らを食べさせたがりだと称した先輩が何処か楽しげに微笑む。
その面差しをぼんやりと眺めながら、歯を立てる必要もないほどに柔らかい肉を噛む。胸の内にやるせないような気持ちが芽生えていた。嫌っていない相手から目の敵にされるなんて考えるだけで悲しくなる。自分が無意識に結った髪へ手を伸ばしかけていることに気付き、行き場のないその手で拳を握り、膝に乗せる。
どうしても沈んだ気分になってしまうが、これはトーラスの言う通り、彼とアスランの問題でしかなく、部外者であるケイが考えるべきことではない。故に、その想いは咀嚼した肉片と一緒に飲み込み、ひとまず忘れるほかなかった。
ごくりと胃袋へ送り込めば、胸に後味の悪い何かがこびりつくように残った。重く、苦く、息を詰まらせるような何か。なんだか口直しが欲しい気分になって、デザートは何にしようかと半ば現実逃避のように頭の中で思考を漂わせる。できるだけ甘いものがいい。それだけは決め込んで、ケイは酸っぱいキャベツをまた口へ放り込んだ。




