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魔法使い協会Ⅱ

 東へ続く通路を歩み、途中にあった昇降機でデイジーに言われた通り地下へ下りる。エレベーターと同じような仕組みの昇降機は広く、ケイの自室の倍ほどは床面積がありそうだった。こちらの地区は用件のある者が極端に少ないのか、周囲をゴシックな印象の壁に覆われている昇降機内にはケイとトーラスのふたりしかいない。

 機械の稼働音はごく小さく、揺れも少ない。たくさんの花を積んだリヤカーを乗せても特に問題など起こりそうにないそこで、トーラスは今まさに向かっている場所——たしか生産技術課と言っていた——で待ち受ける者について端的な説明をしてくれる。


「生産技術課の課長は二代目……バルバって名前のオッサンなんだが、少し面倒な職人気質でな。頑固で偏屈な変わり者なんだ。でも、悪い人じゃないから適当に付き合ってやってくれよ」

「は、はい」


 与えられた情報のうちの半分ほどに不安が募り、思わず返事がどもった。けれど、今の自分にできることは何もない。悪い人じゃないというトーラスの言葉を信じるしかないのだ。

 俄かにドキドキと緊張が脈拍に現れつつあるが、心の準備が終わる前に昇降機がついに止まる。横開きのドアが開き、促されるままに外へ出ると、三つの扉がケイたちを出迎えた。そのうちのひとつ、真ん中の扉の前へ進み、横に備え付けられている案内表示板と思わしき札(ケイには読めない言語が刻まれていた)を確かめ、トーラスが頷く。


「ここだな。さっさと用件を終わらせちまおう」


 そう言ってここまで引いてきたリヤカーを端へ寄せ、彼は腰にぶら提げた鍵束の中からひとつの鍵を選び取った。そして、荷車のそばにしゃがみ込み、その鍵をハンドルの近くに隠れていた鍵穴へ差し込んで施錠する。どうやら配達の荷物はここに置いていくらしい。リヤカーに鍵をかけたところでそこに積んだ商品は剥き出しだが、いいのだろうか。

 そんな疑問が湧き上がるものの、トーラスは既に目当ての扉を開けている。なのでケイも疑問は一旦脇へ置いて彼を追いかけ、生産技術課とやらへ足を踏み入れた。

 一歩、部屋に入ると、ざわざわとした喧騒が耳を衝いた。ひとまず視線を走らせてみれば、生産技術課というだけあって、作業着姿の職人と思わしき人たちが精力的に働いている様子が窺える。見たところ人員は男性が多い構成のようで、全体の雰囲気としては武骨だ。時おり厳しい言葉が飛び交う様に思わず怯む。

 しかし、トーラスは慣れているのか、平気な顔をして、資材で溢れ返って本来の役割を忘れかけている受付カウンターから近くで作業している職人のひとりへ声をかけた。


「よう、シノスケ」

「あ、トーラスさん! お久しぶりッス! 今日はどうされたんスか?」

「花屋のほうでちょっとな。新人の身分証の件でこっちへ来るように言われたんだが、話は通ってるか?」

「あーはいはい。あれッスね。オッサーン! お客さん来たッスよー!」


 シノスケと呼ばれた青い肌、そして両目の他に四つの眼を持つ青年が部屋の奥へ向かって大声を張り上げる。すると、すぐにひとりの男が出てきて固く握った拳を振り上げた。


「オッサン言うな。課長もしくは師匠と呼べっていつも言ってんだろうが」

「あいたッ! え、パワハラ!?」

「喧しい。無駄口叩いてねェでさっさと手を動かせ」


 ゴチンといい音を立てて頭を殴りつけられたシノスケが驚いて声を上げるものの、男は意にも介さない。仏頂面で指示を出すと、壮年と思わしき彼はカウンターの上に溢れかえる荷物を適当に退かして小さな雪崩れを起こしながらも——そのことに対し、後ろから非難の声が上がったけれどそれを無視して——来客の対応ができる程度のスペースを作り、そこへ肘をついた。シノスケへ見せた威圧的な態度とは裏腹に、親しげな笑みを浮かべると色の濃いサングラスの下に笑い皺が寄る。


「悪ィな。わざわざ呼びつけちまってよ」

「いつものことだろ。それより弟子は大事にしろよ。期待の三代目なんだろ」

「もっと言ってやってください、トーラスさん……!」

「うるせぇ。こいつはすぐ調子に乗るからこれくらいの扱いでいいんだよ」

「ひどいッス……」

「おい、俺ァしゃべってねェで手を動かせって言ったよな? もう一発いくか?」

「遠慮シマス……」


 途中で口を挟んできた弟子へ拳をちらつかせるこの男が、二代目ことバルバらしい。先ほどトーラスから聞かされた情報と照らし合わせて推測する。ケイよりも僅かばかりに小柄な痩躯。シノスケへ対する言動は粗雑極まりないが、こちらへ向ける笑顔は飾り気がない。トーラスの言ったように根は悪い人ではなさそうというのが、ケイが抱いた印象だった。


「ったく、うるさくて敵わねェや。んで? 花の魔女の弟子っつーのはお前か」

「あ……はい、ケイと言います。よろしくお願いします……」


 構えた拳をしまい、向き直ったバルバが、彼とは顔馴染みらしいトーラスの隣りに立つケイへ目線を寄越した。生産技術課の雰囲気に少し気圧されていたものの、なんとか最低限の挨拶を捻り出すと、サングラス越しに落ち窪んだ双眸がまじまじとこちらを見つめる。その眼光の鋭さに思わずたじろぐが、彼はケイの姿に何を思ったのか、自身の顎髭を撫でながら意外そうな声を漏らした。


「へぇ。こんな赤ん坊みてェなガキの面倒をあの魔女様が見るとはね。近々嵐でも来るんじゃねェか?」

「ああ見えてロージーは結構な世話焼きだよ」

「世話好きなお前さんが言うなら本当だろうな。ま、花の魔女の弟子だってんなら身元についてはとやかく言わねェよ。そもそもそれは俺の管轄じゃねェ」


 荒っぽい口ぶりの割りにあっさりと話題を終わらせたバルバはカウンターに凭れていた体を起こし、軽い調子でふたたび口火を切る。


「そんで本題なんだがな、ケイ坊。お前さん、普段使ってる魔道具だとか連絡端末はあるか?」

「えっと……」


 脈絡なく振られた話題に戸惑いながら、ケイはズボンのポケットへ手をやった。そこには花屋を訪れる前からスマートフォンがしまわれている。

 あの物置部屋の扉を潜ると、異なる世界へ渡っているのだから当たり前のことなのだが、機能のほとんどが使用できなくなるそれは事前に電源を落としていた。それでも現代っ子の性というやつなのか、手元にないと妙に落ち着かないせいで使えないのにも関わらず、アルバイト中はこうしてただポケットに突っ込んでおくのが常態化しつつある。

 一瞬、ファンタジーとは対極にありそうな精密機械を別世界の人間に見せてもいいものなのかという迷いが生じたが、今、渋ったところで話の矛先を逸らすような技量は自分にはない。速やかに諦め、ポケットへ手を突っ込んだ。


「……あの、これなんですけど……」

「ほう?」


 おずおずと電源を落としたままのスマートフォンを差し出せば、バルバがそれを受け取り、眼を細めた。その様子をドキドキしながら見守るが、その心配は不要なものだったらしい。

 しばし鑑定するようにスマートフォンを眺めていたバルバは、物珍しげに眉を吊り上げながらも何てことない調子で大雑把な総評を出した。


「魔力の欠片も感じねェ。随分と科学の比重がデカい世界から来たんだな、お前」


 革の手袋を着けた手指で端末の表面をなぞり、あっさりと告げられた言葉に、特に問題がないことを覚って安堵する。しかし、次に投じられたバルバの発言はふたたびケイの困惑を呼び起こした。


「なあ、これ少し借りられるか? こいつの言語と仕様を身分証の連絡機能に取り込ませたい」

「ええっと……?」


 バルバの言っている意味がよくわからず、首を傾げる。そもそも現代っ子としては、命綱にも等しい携帯端末を他者の手に委ねることはなかなかハードルが高い。どうしたものかと思っていると、トーラスが助け舟を出してくれる。


「そういや説明してなかったか。協会が発行してる身分証には連絡機能も付いてるんだよ。このオッサンはそれをケイが最初から使いやすくなるように調整したいんだと」

「言語についちゃ翻訳魔法の術式も端から搭載されてっから、個人個人は自分の身分証カードで慣れた言葉を使えるってわけだ。通話機能もあるが、何かと便利な文通機能もあるからな。見たところ、この端末機器にも同じような機能があんだろ。専用の魔道具を使えばスマートフォン(こっち)の言語と仕様を身分証カードにそのまま写すことができっから、少し借りてェって話なんだが……どうだ?」


 トーラスの簡潔な説明に、バルバがさらに詳細を付け加え、手に持ったケイのスマートフォンを軽く掲げた。

 要求されたことの意味は理解した。けれど、まだ不安げは解消されていない。困ったような顔で自身の携帯端末を目で追っているケイを見て、その理由に思い至ったらしいバルバはすぐにフォローを入れてくる。


「ああ、端末の中身は見ねェから心配すんな。昔だったら一旦全部バラして調べ尽くしてたところだが、今は規則やら職業倫理やらうるさくてできねェんだよなァ。ったく、嫌な時代だぜ」

「最悪老害発言すぎる。そんなこと言ってたらまた協会から怒られるッスよ」

「肝心の規則は守ってんだから文句を言われる筋合いはねェよ。それより作業を進めろ、馬鹿弟子」

「ウッス……」


 あんまりな師匠の言い草に、懲りずに口を挟んできたシノスケだったが、にべもなく切り捨てられ、すごすごと退散していく。なんとも強権的な師弟関係だ。そんなふたりの様子に、トーラスが苦笑しながら軌道修正をかける。


「二代目。ケイが困ってるぞ」

「ああ、悪ィ悪ィ。余計なことを言っちまったが、これでも俺ァ素行は悪くねェんだぜ? 職人として客が満足いくもんを作りてェってだけだ。任せてくれるか?」


 そう言うバルバは気さくだが、目つきは真剣だった。今しがた口を滑らせた内容こそ不穏であったけれど、同時に個人的な好奇心や倫理観はどうであれ規則を守るという真面目な一面も一応は伝わってきた。それに、ここで断ったとしても話が頓挫することは目に見えている。ケイは思いきって首を縦に振った。


「あの、じゃあ、お願いします」

「よしきた。仕事はきっちりやらせてもらうから安心しな。少しばかり時間をもらうから、用事があるなら先に済ましてきちまっていいぞ。午後には完了してるだろうから、ま、そうだな……陽が沈む前までに取りに来てくれりゃいい」

「わかりました。よろしくお願いします」


 許可を取るや否やいそいそとスマートフォンを預かるバルバは上機嫌だ。約束してくれたのだから中身を見たり分解したりということはないだろうが、よほど自身の仕事を納得いく形で完遂できることが嬉しいのだろう。今すぐにでも仕事に取り掛かりそうな調子だが、彼はすぐに何かを思い出したらしく、返しかけた踵をもとへ戻した。


「ああ、そうだ。お前ら、今日は協会の外には出るのか?」

「いや。今日はあと居住区に配達へ行くくらいだな」

「そうか。なら、翻訳魔道具は貸し出さなくてもいいか。協会内は翻訳魔法が常時発動されてっけど、外に出ちまったらそうもいかねェからな。身分証が完成したら何処へ行ったって平気だぞ。楽しみに待ってな」

「翻訳魔法……」


 ついさっきも耳にした単語を復唱するように呟く。すると、耳聡いトーラスがそれを拾い上げ、小首を傾げた。


「ん? どうした?」

「いえ……そういえば、お花屋さんで初めから言葉が通じていたのって、翻訳魔法のおかげだったのかなって思って……」

「ああ、そういやその辺も説明してなかったな……当たり前すぎて意識になかった。すまん。お前の言う通り花屋(うち)も協会と同じように翻訳魔法を常時発動……というか建物や庭のあちこちに翻訳魔法の術式を仕込んであるんだ。協会に加入して商売やってるとこは大概そうしてる」


 今さらながらの説明に合点がいき、ケイは僅かに感嘆の声を漏らした。道理で初めて花屋を訪れた時からみんなが流暢な日本語で話していたわけだ。あれは彼ら彼女らが日本語に堪能であるわけではなく、単にケイの耳にはそう聞こえていただけということだったのか。国はおろか世界すら異なる客が訪れるのだから——客足が伸びることは滅多にないとしても——少なくとも言葉の対策を練らないわけがない。考えてみれば当たり前のことだった。

 それにしても異世界の言語を不自由なく翻訳してしまう魔法の力ってやっぱりすごいなと感心していると、カウンター越しにバルバが呆れたように肩を竦めた。


「なんだか随分と呑気な坊主だな。あの花の魔女の下でうまくやっていけんのか?」

「……どうでしょう……?」

「おいおい、本当に大丈夫かァ?」


 今のところかの魔女とうまくやっているとは思えないため、正直な所感で答えれば、バルバは呆れを通り越し、心配し始める。しかし、ロージーと付き合いの長いトーラスは、ふたりとは異なる意見を持っているようだった。


「ロージーは一度懐に入れたら最後まで面倒を見る性格(たち)だから平気だろ。じゃあ、ケイの身分証は頼んだぜ」

「おう、任せとけ。んじゃ、後でな」


 さらりと会話を終わらせ、トーラスが生産技術課を後にする。ケイも慌ててバルバへ頭を下げ、その後ろをついていくと、出入口を過ぎたあたりでこそりと耳打ちされる。


「二代目はおしゃべり好きだからな。適当に切り上げないと際限がなくなるんだ」

「なるほど」


 たしかに出会ってから彼はずっとしゃべりっぱなしだった。口下手な自分だけだったらうまく切り上げられず、トーラスの言うように際限のないおしゃべりに付き合わされていた可能性が高い。頼れる先輩が一緒にいて本当によかった。ありえた可能性を考え、ホッと安堵する。

 来た時と同じようにトーラスがリヤカーのそばにしゃがみ込み、鍵を使ってロックを開錠した。それから長い脚で悠々とハンドルを跨ぎ、何かにつけて思考や記憶に耽りがちな新人へ声をかける。


「そしたら次は配達だな。結構な距離を歩くから、頑張ってついてきてくれよ」


 そう言って彼がゆっくりと歩き始めると、たくさんの花を積んだ荷車もゆっくりと進み出す。ケイは自分がまたぼんやりしていたことに気付き、せめてトーラスの歩みを遅らせないように、足早に彼の隣りへ駆け寄っていった。

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