午後のお茶会Ⅲ
「和やかなところに悪いけど、さっさと話し合おうじゃないか。時間は有限なんだ。君だってまだ子どもなんだから、門限とかあるだろう」
「そう、ですね。あまり遅くなると父さんが帰ってきてしまうので」
少しばかり妙な雰囲気になりかけた空気を割るようにして、ロージーが話を切り出した。ケイもこれ幸いにとそれに応じる。つい物思いに耽ってしまったが、自身の問題に他人を巻き込みたいわけじゃない。故に、ロージーによる潔い話題転換はありがたかった。
ケイが内心で感謝しているなんてきっと知る由もない彼女は椅子の上で踏ん反り返り、なんともふてぶてしく話を進めていく。
「ぼくは世俗のことに詳しくないけど、学校にも通っているみたいだし、その辺は融通を利かすよ。子どものうちは大人の言うことを聞かなきゃね」
そうしてロージーの主導で話し合いはとんとん拍子に進み、花屋でのアルバイトについての決め事は大まかに取りまとめられた。
・ケイが花屋に通うのは基本的に週三回。
・水曜日と金曜日は学校帰りの数時間。日曜日は午前十時から午後六時までで昼食付き。
・土曜日は花屋の定休日だから絶対に営業することはない(とロージーがやけに力強く宣言していた)が、場合によっては決められた曜日以外も出勤となる可能性はある。
時おりケイの都合を聞きつつ、あっという間にそんなことを取り決めたロージーはぬるくなってきた紅茶をクピリと飲んでひと息ついた。
「ま、働くと言っても見習いにできることは少ないから、仕事内容は今日の延長線上程度のものだと思ってくれていい。大概はラナについてもらうことになるかな。たまにトーラスについて配達の手伝いをしてもらうこともあるかもしれないけど、その辺りは兄妹ふたりで適当に決めて」
「見事に丸投げだな。別に構わないけどよ」
最後は雑に人任せにしたものの、投げっぱなしにされた当人であるトーラスはそれを鷹揚に許した。同じくラナも特に異論はないようだ。
「それから、これが一番大事なことなんだけど」
お茶で喉を潤したロージーが改まり、身を乗り出す。つられてケイも背筋を伸ばした。
「君、あれから自分が魔法使いだってことを誰にも言ってないね?」
「は、はい。誰にも言ってません」
小さな魔女の妙な迫力に気圧され、コクコクと小さく頷く。その答えに納得してくれたらしいロージーは浮かせた腰をふたたび下ろしたが、真剣な面差しを緩めることなく言葉を重ねた。
「君のその血筋は本当に稀少で、特異なものなんだ。だから、たとえ肉親であってもおいそれと教えてはいけないし、もちろん他者の耳に入らないように気を付けなくちゃいけない」
然も大事なことのように言い含められるが、正直なところ、彼女の言うことはケイにはピンとこない。たしかに自分は瞳の色こそ珍しいものかもしれないけれど、それは目の前のロージーだって同じことだろう。これまで自身を特別だなんて思ったことのないケイには、稀少だの特異だのといった言葉に対し、これと言った心当たりはない。
戸惑うケイだったが、ロージーは真面目な態度を崩すことなく話を続けていく。
「この庭と店の中ならぼくの力で守れるけど、滅多にないこととは言え、たまに外から客が来ることもあるし、そもそも君が外に出ている間は万が一ということもあり得る。つまり対策を打たなきゃならない」
「対策、ですか?」
「そう、対策」
復唱に復唱で返し、そこで我慢できなくなったのか、彼女は自分の皿の上に残ったケーキの最後のひと欠片を口へ放り込んだ。しばらくじっくりと味わうように咀嚼してから飲み込み、また口を開く。こちらを脅かすような迫力はケーキと共に飲み込んでしまったのか、その口調は今までよりも幾分かフランクだ。
「対策と言っても、そんなに難しいことじゃないよ。魔女や魔法使いの世界には契約という制度があるんだ。上下関係にある者同士で契約を交わして、上位者が取り決めた制約を下位者が遵守する。たとえば、物語なんかで魔女が黒猫やカラスを連れていたりするだろう。あれは上位者である魔女が動物に制約を課して使役する契約なんだ」
ケイにも馴染みのある魔女のイメージ像が出てきたこともあり、今までのファンタジー要素に比べれば随分と理解がしやすい。いわゆる使い魔と呼ばれるものたちが今の話に該当するのだろうが、自分はロージーの使い魔となるのだろうか。疑問と不安が一同に湧き上がるが、それらはすぐに解消されることになった。
「今の説明だと限定的な使い魔契約のように思われるかもしれないけど、ぼくは君を使い魔にするつもりはないよ。君を使い魔にしたところで役に立たなさそうだしね」
なんとも失礼極まりない物言いに、隣りの席でラナが呆れたような顔をしたが、まだ説明の途中ということもあり、話の腰を折るようなことはしないつもりらしい。的確にケイの心配点を潰した後に、ロージーの説明は遮られることなく淡々と続いていく。
「今回の契約に使う術はもっと広義の関係に適用できるものだ。昨日も言ったけど、君は仮ではあるものの、一応はぼくの弟子ということになるだろ。つまり師である上位者が弟子である下位者と契約を結んで、君自身が自分の血筋に関することを他人へ吹聴できないようにすれば、ひとまずの安全は確保できる」
ひとまず安全保障のためという点は理解したものの、いまだにしっくりきていない魔法使いの弟子という肩書きに触れられるとなんだか少し落ち着かない。一応とは言え自分の師匠となる魔女も、ここまで何度も不本意だと口にしていた。最初にグランマの頼みだから引き受けるとも言っていたけれど、そこまでして師弟となる意味がお互いにあるのだろうか。
いまいち現状を把握しきれていないケイにはわからないが、ロージーはたとえ気乗りしなくともグランマとの約束を守るつもりらしい。幼い見た目に相応しい、だが何処か老熟した響きを孕む声がケイの意識を引き戻す。
「少し仰々しく思ったかもしれないけど、今回の契約内容は極々軽いものだよ。下手に強い制約を課すのも面倒でね。制約が強ければ強いほど、上位者はそれ相応の対価を下位者に支払わなければならない。ぼくは極力面倒なことをしない主義なんだ。だから、制約は〝君が自分の血に関することについて話そうとすると舌が縺れる〟程度にするつもりだし、ぼくからの対価も〝魔法使い見習いとしての君の立場を保証し、身の安全を守る〟程度のものになるよ」
「あの、それだと対価が過分になるような気がするんですけど……」
「だから労働で価値の差異を補ってもらうんだよ。さっさと仕事を覚えてキリキリ働いてほしいものだね」
素人目にもわかる不均衡さを指摘すると、ロージーはまたもやバッサリとその心配を切り捨てた。アルバイトはケイが割った花瓶の補填だという話だったが、どうやらそれはただの口実であったようだ。その事実を裏付けるように、彼女が思い出したように今さらな確認を取ってくる。
「ああ、そうだ。君はニホンジンでいいんだよね? 給金はそっちの貨幣に合わせて支払うから、そこは安心していいよ」
「……お給料、いただけるんですか?」
「当たり前だろう。君は魔女をなんだと思っているんだ。契約者に不当な労働なんてさせたら、協会から罰則を喰らって休業させられちゃうんだよ。そんな馬鹿げた不利益を被るなんて、ぼくはごめんだね」
思いもしなかった言葉につい訊ね返すと、ロージーは呆れたような顔をして矢継ぎ早に遺憾の意を表明した。すると、それまで店主による説明を邪魔せぬように黙ってお茶を啜っていた兄妹ふたりが、合いの手を入れるように口を挟んでくる。
「ま、契約下位者の労働環境が改善されたのはここ数十年の話だけどな。魔女や魔法使いも時代の流れには逆らえないってわけだ」
「いい時代になったわよね。コンプライアンス意識は大切だもの」
労働環境の改善。コンプライアンス意識。予期せぬ言葉を立て続けに食らい、ケイは鳩が豆鉄砲を食ったような気持ちになった。働く身としてはありがたいが、思っていたファンタジーの世界観ではない。アルバイトを始めるきっかけが花瓶の弁償という理由だったことから——それも単なる建前だと判明したが——無給で働くつもりだっただけになかなか衝撃が大きい。だが、それをいなす時間は当然のように与えられることはない。
いちいち驚くケイに、いい加減、痺れを切らしたのか、ここまで丁寧に説明をしてくれたロージーが話を切り上げて本題へ入る。
「兎にも角にもちゃっちゃと契約しておこうか。手の甲を上にして左手を出して」
まだ感情の整理を終えられないまま、言われた通りに手を差し出す。自身が座る椅子の下から——おそらく先ほど提げていた大きな片掛け鞄がそこにあるのだろう——いくつかの瓶を取り出したロージーがその手を掴んで引き寄せ、瓶の中身を吟味するように見比べた。
「えーと、染料はこれでいいか。手先が狂うからそのまま動かないように」
様々な色の液体を閉じ込めた瓶のうちから鮮やかな赤色のものが選び取られる。ロージーの小さな手がコルクの蓋を引き抜くと、仄かに甘く、それでいて何処か青っぽいような香りがふわりと漂った。正体のわからないその液体は躊躇なく瓶へ突っ込まれた指にすくわれ、どろりとした粘度を見せる。
まさかと思うや否や、謎の液体を纏ったロージーの人差し指がケイの手の甲へ着弾し、皮膚の上をなぞり始めた。ぬるりとした生温かい感触にぞわりとしたものが背筋に走る。けれど、動くなと言いつけられたことを忘れずに寸でのところで堪え、手は引っ込めない。
そのままロージーはケイの手の甲に迷いなく何かを描いていく。ただの線は別の線へ繋げられて図形となり、その図形は別の図形と組み合わされる。そうして魔女の指は、やがて円を基調とした紋様を生み出した。
あまり漫画やアニメの類を嗜まないケイにもさすがにそれが何なのかはわかる。ケイにとってそれは星や太陽を象るイメージがあったが、目の前で刻まれていく紋様は六枚の花弁をつけた花のように見えた。しかし、それでもこれはたしかに魔法陣と呼ばれるものに違いなかった。
テーブルのど真ん中で描き上げられていく魔法陣はお茶会に参加する面々の視線を集わせる。店長が黙々と人肌のキャンバスに指を滑らせる中、店員兄妹が呑気に言葉を交わす。
「また随分と古典的な術を使うな」
「私たちの時は書面だけだったものね」
「外野、うるさいよ。気が散るから黙って」
そんな幕間を挟みつつも、ロージーはしっかりと最後まで魔法陣を描ききった。完成と同時に赤い染料がじわじわと熱を持ち始める。火傷するような温度ではないとは言え、経験したことのない質感にそわつく。
だが、術の手順としては何も問題ないようで、布巾で汚れた指を拭いつつ、しっかりと魔法陣の出来栄えを目で確認したロージーが小さく頷いた。
「……よし。じゃあ改めて契約内容を確認しながら契約するよ。上位契約者たる花の魔女ロージーは、下位契約者たるケイ・アマモリを魔法使い見習いとして庇護し、その身に流れる魔の血について秘匿させるものとする。その術は沈黙。花屋リトル・ガーデンの関係者を除くすべての者への他言を禁じる。本契約への違反を試みた場合、ケイ・アマモリの当該機能を一時的に鈍磨させ、強制的に沈黙させることとする。以上を以て、花の魔女ロージーの名のもとに本契約を締結する」
魔法陣の上に小さな白い手を重ね、流暢に契約の文言を唱えられたその瞬間。ケイの手の甲がひときわ熱を高め、魔法陣が輝き出した。
突然のことに驚くものの、それは一瞬の出来事だった。眩い光はすぐに収まり、ロージーの手が撫でるように払われる。そうして光の収束と共に赤い魔法陣も溶けるように消え去った。
目の前で起こった不可思議な現象にまたもや驚き、魔法陣を描かれていたはずの自身の手をまじまじと見る。けれど、どんなに見つめても、そこには普段通りにまっさらな手の甲があるだけだ。熱も霧散し、体に何か変化があるわけでもない。それでも紛うことなくファンタジーな事象を前にして言葉を失っていると、向かい側の席でロージーがパチンと両手を叩いた。
「はい、これで契約完了。アルバイトに関してはまた別口の契約なんだけど、そっちはちゃんと書面に残すから、この書類にサインしてくれる?」
「え、あ、はい。わかりました」
例の大きな鞄から取り出した一枚の書類と万年筆を押しつけられ、ケイは慌ててそれらを受け取った。まだ気が動転しているせいで頭がきちんと働かない。普段ならば書類の文面くらいは確認するところだが、英字に酷似しながらも異なる言語のそれに気を配ることもできず、言われるがままに自身の名前を書いてしまう。
万年筆を使うのは初めてだな、なんて呑気なことを考えながら紙とペンをロージーへ返すと、彼女は何やら先ほどよりもさらに呆れ返ったような顔をしていた。
「……君さあ、もう少しちゃんと確認してからサインしなよ。ぼくが悪い魔女だったらカモにされてるところだよ」
「え」
「呑気な坊やだね、まったく」
ロージーの溜息でようやく自分のやったことを自覚したケイはその場で固まった。それを見たロージーがまた一度わざとらしく溜息を吐き、皿に残ったケーキの最後のひと欠片を口へ放り込む。すっかり呆れられてしまったようだ。
しかし、それも仕方がないほどに迂闊なことをしたというのはケイもわかっている。自分のおこないに少々ショックを受けていると、両隣りの先輩たちが思い思いに声を上げた。
「たしかに魔女や魔法使いなんざ揃って癖の強い連中だからな。あんまりほいほいと言うことを聞くもんじゃないぞ」
「でも、ロージーは見ての通り面倒臭がり屋でひどく大雑把ですから、わざわざ誰かを騙すなんてことはしません。私が保証します」
「……たまに君たち兄妹の口を針と糸で縫いつけてやろうかなって気になる時があるよ」
フォークを握ったままのロージーに低い声色で凄まれ、さらにジロリと睨まれてもふたりは何処吹く風。トーラスに至っては涼しい顔で会話の舵取りまで担い始めた。
「とりあえず今後は迂闊に相手の言うことを聞かないってことで話をまとめるが」
「勝手にまとめないでくれる?」
「そんなことより、まだ確認すべきことがあるだろ」
「今そんなことって言ったね」
主導権を奪われ、ロージーはすっかりむくれた様子を見せる。だが、それも長くは続かなかった。ロージーの態度も意に介さず、トーラスがとある疑問を彼女へ提示する。
「ロージー、あんた、ケイをいつ協会へ連れていくつもりなんだ?」
「あ」
トーラスからの指摘に、ロージーはポカンと口を開き、固まった。それを見たラナが小さく嘆息する。
「忘れていたのね」
「まあ、そんなことだろうとは思ってたけどな」
「うるさい、うるさい。ルールとか堅苦しいことは苦手なんだよ。こうしてきちんと契約しただけ偉いと思ってほしいね」
「開き直ったな」
「開き直ったわね」
フンと鼻を鳴らしたロージーは兄妹の言葉に椅子の上で膝を抱え、耳を塞いだ。ケイには何のことだかわからないけれど、どうやら彼女は大事なことを忘れていたらしい。己の失態を認めずに意固地となる様子はダンゴムシに似ていたが、兄妹にはこれ以上、雇い主を責め立てる気はないようだ。
まるっきり子どものような態度を取るロージーの姿に苦笑しながら、トーラスがそのまま進行を務めていく。
「とにかく見習いとは言え身分証は必要だろ。ここまでどうにかなっていたとは言え、連絡手段がないと不便だしな。今度ケイが来るのは……日曜か。ちょうどいい。配達ついでに俺がケイを連れて協会へ行ってくるっていうのはどうだ?」
「……まあ、いいんじゃない。どちらにしろ君たちのどちらかに頼むことになるだろうし」
「ロージーもたまには外に出たほうがいいと思うのだけれど……」
「やだね。ぼくは温室でぬくぬく生きていくんだ」
トーラスの提案を認めたものの、ラナの言葉にはプイとそっぽを向き、ロージーは自らの発言を体現するかのようにだらしなく椅子の背もたれへ寄りかかった。
ともかく話はまとまったようだ。トーラスが穏やかな双眸を細めるようにして笑いかけてくる。
「そういうわけで、今度の日曜はよろしくな」
「あ……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
話の内容こそ理解しきれていないが、自分がどうやら協会とやらへ連れていかれることだけはわかった。故に、世話をかけることになる先輩店員へ頷き、改めて頭を下げる。そこへ、ずっとフロスティングがついたままだった口周りをラナに拭いてもらっていたロージーが、やけに偉ぶった調子で茶々を入れてきた。
「うちは配達が主な収入源だから、トーラスにちゃんと教わるんだよ。せいぜい邪魔にならないように気を付けるんだね」
「またそんなことを言って」
相変わらずの軽口をラナがまた窘めてくれるけれど、やはりその効果は薄い。口元をきれいにしてもらったことへ礼のひとつも言わず、ロージーはふたたび椅子の上で踏ん反り返った。
「それから、この庭のことも早く覚えるように。君には手に負えないような植物もたくさんあるからね。痛い目に合いたくなかったらさっさと覚えてしまうことをおすすめするよ」
ツンと澄ました面差しでティーカップの底に残った紅茶を飲み干す彼女の言うことは間違いなく正しい。正しいが、間違いなく意地が悪くもある。
出会ってからずっと言動の節々に透けている悪意——なんて言うと大袈裟ではあるが——にどう反応したらいいのかわからず、ケイは情けなく眉を下げることしかできない。すると、テーブルに頬杖をついたトーラスがニッコリと笑って厄介な魔女へ攻勢をかけ始めた。
「なら、あんたが教えてやればいいんじゃないか? ちょうど庭に出てることだし」
「え?」
「たしかに。ちょうどいい機会だわ」
「いや、なんでぼくが?」
思いもしない提案と兄を支援するような追撃を食らい、ロージーが慌てふためく。しかし、兄妹は容赦しない。今度は反対側の席でニコニコと笑むラナが攻め入る。
「だって、このお庭はあなたのお庭でしょう? このお庭のことなら、あなたが一番知っているもの」
「それはそうだけど……別にぼくじゃなくてもさ……」
「せっかく新人が加わったんだから、ラナの言う通りいい機会だろ。たまには店長らしいところを見せてくれよ、花の魔女殿」
「ええ……あんまり長くしゃべると疲れるから嫌なんだけど……」
ふたりがかりで畳みかけられ、しどろもどろになりながらもロージーはしぶとく渋った。けれど、その挙動はなんとも弱気で、あとひと押しすれば丸め込めることは明白だった。その隙を兄妹は見逃さない。
「それならなおさらお茶をたっぷり飲まないと。おかわりはいかが? 二杯目もストレートがいいかしら。それともミルクティー?」
「ほら、キャロットケーキももう一切れどうだ? ニンジンは喉にいいらしいぜ」
片やティーポットを手に取る妹、片やケーキスタンドを引き寄せて残ったケーキを見せつける兄。見事な連携による猛攻を前に、ついに花の魔女が音を上げた。
「……ああ、もう。わかった、わかったよ。この赤ん坊に毛が生えたような新人くんに教えてやればいいんだろ。まったく、世話の焼ける……」
ぶつぶつと文句を垂れながらも言いくるめられることを了承した以上、前言を翻すつもりはないらしい。だらしなく椅子に沈めていた体を起こし、どっかりと豪快に座り直した彼女はせめてもの仕返しに、此度の勝者たる兄妹ふたりへ指示を出す。
「二杯目もストレートにして。砂糖もミルクもなし。ケーキは大きく切って、フロスティングをたっぷりね。夕食が入らなくなるなんて苦情は受け付けないよ。君も、ぼくがわざわざ教えてあげるんだから、よく聞いてちゃんと覚えて帰るように!」
不遜な態度を改めず、あくまで偉そうにするロージーへ苦笑しながらもトーラスとラナは素直に言うことを聞く。目の前で繰り広げられた怒涛のやり取りを前に、口を挟むこともできずにいたケイもまた細く息を吐き出し、小さく頷いた。
すっかりぬるくなった紅茶を飲み干せば、ほんの少し胸がすっきりして多少頭が冴える。初めてのアルバイトでは大したことをしていないのだから、ロージーの言う通りこの庭のことを少しでも覚えて帰らなくては。空になったティーカップへ新しく温かな紅茶を注いでくれるラナへ目礼して、ケイは真正面に座る魔女の話に耳を傾け始めた。
そうして、すっかり赤く染まった西の空に夜の帳が下り始める頃まで午後のお茶会は続いていったのだった。




