唯一の相手
——夏に差し掛かったとある日
マサムネは縄張りを歩き回っていた。
肉球が焼けるので日陰を選び、人目がつきにくい路地や茂みを通り……とある場所で最近聞き慣れた声が聞こえた。
といっても猫の聴覚、人からすれば聞こえない距離だが。
声の方に向かう。
人間の店のようだ、裏手に周り室外機の上に乗る。
「大坂!お前高い皿割ってんじゃねーよ!給料から引くからな!」
「す、すいませんでした!!」
翔の声がする、声の感じから怯えが見える。
弱そうな奴だとは感じていたが、人間の群れの中でも序列は下なのかとマサムネはあくびをして聞いている。
ひんやりと店の中から冷気が漏れて、いい感じに今の時間日陰になっている室外機の上。
ちょうど良いのでマサムネは日中をここで過ごす事に決めた。
「はぁ、皿が割れたのは先輩が投げ渡しするからなのにな……」
マサムネの耳がピクリと動く、翔の呟きが聞こえる。
話には聞いていたが、ストレスを感じるなら何故ここから離れないのだろうか。
人間とは定住を好むのなと、野良猫のマサムネには理解しがたい習性だった。
ガチャリと裏口が空いた、人が何人か出て来たが室外機側は死角で近づかない限りバレないだろう。
マサムネはすぐ動けるようにだけしておいて、目を閉じる。
「大坂の奴見込み無いのに何でしがみ付くかねぇ」
「もう二年でしたっけ?半年前に入った俺でもキッチン習ってるのに」
「まあアイツがいるから、クソだるい朝作業と夜締め押し付けれるんだ。良いじゃないかハハハ!」
「まあ人気店の美味しく目立つとこだけ頂けるもんなぁ、ハハ!大坂様々だな!」
「……人間とは序列を付けたがるものだな」
マサムネは眠りながら聞いていた。
(奴らも猫の言葉を喋る……と言うより自分が人間の言葉を理解出来るのか?)
マサムネは好奇心で人間の群れに声を掛けてみた。
「にゃーん」
「ん?猫の鳴き声だ」
「猫なんか居るのか?どこだー出ておいでー」
(……やはり理解が出来るだけで通じない?しかし翔とは会話出来るが)
マサムネは少し仕様が理解出来たが、何故こんな事になったのか原因はわからなかった。
ただ、そこまで深刻なものでもない。人間の言葉が分かるだけ、それだけだ。そして会話まで出来るのは今の所、翔だけだと言う事だ。
時間が経ってさっきの人影は店に入って行った。
入れ替わりで一人また出て来る、誰かは匂いでわかった。
「グスっ……」
どうやら泣いているようだ、いつかの月夜の下で聞いた「いつかは店を持つつもりで」の言葉を思い出す。
人間は何かを成す為に修練を積む、だがそれすらも機会が無ければ人形と変わりないのだろう。
猫が遊ぶおもちゃの様に、魚の形を模してるだけで魚では無い痛めるだけとおもちゃみたいなものだ。
マサムネは音も立てず、その場から静かに去って行った。
——翔が働く「ネロ」閉店時間
翔はいつも通りに店全体を一人で締めて施錠を確認、ぼんやりと夜空を見ながら帰宅する。
店を出て、角を曲がって道なりに、少しすれば自販機があるので飲み物買ったら目と鼻の先に見えてる空き地に行く。
最近新たに加わったルーティン、カバンからタッパーを出して……いつも先に居る虎猫のマサムネの前に置いてやる。
「取引だ」
そう言われ「話は聞いてやるから食い物を持ってこい」なんて野良猫に言われる日が来るなんて。
でも、このタッパーの中の茹でささみにがっつくマサムネ。
ちゃんと話を聞いてくれる。
翔の支えになっていた。
本人(猫?)は基本的に野良猫スタンスでいるようだが、割と人情味あったりするのが会話から伝わる。
それが翔には嬉しかった。
「今日皿を割っちまってよ、良い皿だったからめちゃくちゃ怒られちまったよ〜」
「……本当に、お前が割ったのか?」
「え?……ああ、俺が手を滑らしてな」
「……ふん、そうだと言うならそれで良いが」
今更ながら、何故マサムネは人と喋れるのだろうか。
昔からなのか?自分だけなのか?
「マサムネはさ、いつから人と話せたんだ?」
「……?何を言ってる、お前しか話せないしお前とここで会った時からだ」
「え?じゃあ本当に最近……いや俺も猫の言葉はその時からだが、マサムネ以外の猫の言葉わかるのかな?」
「……試してみるか?」
「ふぇ?」
ナァーゴ、ナァーゴ
マサムネは少し遠くの茂みに向かい鳴いた、するとキラッと光る二つの丸が見えた。
それは少しずつ大きくなって、やがて月夜の明かりに照らされる。
若い猫だった。首輪は無いと言う事は野良猫か?
「奴も野良だ、おいコテツ来い」
コテツと呼ばれた猫は、人間である自分の姿に警戒しながら近寄る。
「コテツ、何か喋れ」
割と無茶振り……と翔は思った、そして。
「無茶振りですってボス……」
コテツは確かにそう言った、やっぱり無茶振りだと思ってたんだ。
翔は理解出来るがコテツはどうだろう?
「初めまして、翔です。コテツさん?よろしくな」
「?」
キョトンとしている、通じていない……
「ボス、最近弱そうなコイツと居るけどどうしたんすか?今なんかわけわからん言葉で喋ってきたけど全くわかんねーすっよ」
やはり翔の言葉は理解出来ないようだ、しかしボロクソ言われてるのは全部理解出来る。
野良猫は口が悪い。
「まあ色々あってな、ご苦労これ一つやる」
マサムネはそう言ってササミを一切れコテツにあげた。
「おお!ありがとうございますボス!へへっ!」
ササミを咥えて行ってしまった。
「わかったか?」
「ああ、酷い言われようだった」
翔は猫の言葉を理解できるが伝えるのは無理。
マサムネは人の言葉を理解できるが伝えるのは無理。
つまり意思疎通の会話は翔とマサムネ間しか出来ない。
「俺にもわからん、今まで人間と喋った事なんか無かった」
「不思議な事があるもんだな……まあ、いいさ。俺はマサムネと話せて最近嬉しいそれだけだ」
「……変な人間だ」
ハハハと月に笑い、翔は気が楽になる。
この、猫と喋れる月の下が日々壊れそうだった心を癒してくれていた。




