お喋り
三日月の下で野良猫相手に心情を吐露した夜。
まさかそんな日がくるなんて思いもしなかった、翔はなんでこんな事になったのかと思い返す。
(野良猫の縄張り争いを見て、勝ったけどボロボロの猫が喋って、とりあえず手当したら話聞いてくれた)
「うーむ、なんでだろうな?」
全く分からなかった。
元々勉強は出来るタイプじゃない、もう少し賢かったらわかるんだろうか?
翔は解けない問題に少し悩んで……まあいいかと放り投げた。
自分にとって細かい事は気にしない、それが良くも悪くも大坂翔と言う人間であった。
今日も一日が始まる。
翔はジョギングがてら二十分程を掛けて、毎朝働く店「ネロ」へ出勤をする。
オープンは十一時、スタッフは準備で早くて十時出勤だ。
翔は更にその前の九時に出勤をする、自主的にタイムカードには反映されない。
なぜなら指示の無い「自主的な店入り」だから。
そしてオーダーストップからクローズは二十二時、片付けは翔が行い毎日二十三時頃に店を出て施錠。
十四時間は店に居る。
勤務時間の指定は九時から二十二時、間に休憩は店の中休み時間四時間が設定され、実働時間は八時間。
「実働時間八時間なら問題ない」とネロのオーナーは言い、翔は何も言わず二年働いている。
スタッフ自体は何人も居るが皆、翔とは違いごく一般的な労働環境と時間で収まっている。
翔は羨んだり恨む事はしなかった、この道しか選べなかったのだから。
表向きは自身の夢に向けて毎日頑張る若者、実際は良いように使われている存在。
理解はしている、何も自分にもたらしていない事を。
自主的な店入りや残業でやってる事は先輩達の物準備や掃除、技術的な事はおろか営業中のは切り離された洗い場でひたすら洗い物をするだけ。
別に誰かを怒らした記憶も無い、だが完全に干されてるんだろう。
「まあ、いいか」
翔は放り投げた、いくら考えようが今すぐ変わる訳は無い。ただひたすら今は耐えるだけだと……
夜、店を施錠し歩いて帰る。
今は空き地だが古い家屋が去年まであった、その場所だけ開けていて月明かりで浮かぶ何も無い少し草が生えた土地、その真ん中に月を眺める虎模様の猫が居る。
名前はマサムネ、この辺のボスらしい。
今日も居る、そして翔は横に座る。
「よう、マサムネ」
「……お前は何故毎日来る」
若干の呆れた顔だが嫌がってはいないようだ。
「いいじゃないか、人間喋りたい時もあるんだ」
「……俺は野良猫だぞ」
「……だから喋りやすいのかもな」
不思議な事をしている自覚はある、だが翔はそこまで気にしなかった。
帰り道、月の下でマサムネと喋る。それが最近の一日の締めだった。
話す内容なんかたわいないもの、猫が理解できる話では無い人の生活や社会の事だ。
それでも適当にマサムネは聞いてくれた。
翔にはそれが嬉しかった。
「翔、お前には仲間が居ないのか」
「え?店の仲間が……」
「仲間じゃないだろう」
ズキりと胸が痛んだ、マサムネははっきりと物申す。
「はは……そうかもな」
「ふん、人間は群れると思ったが結局皆野良猫と変わりないな」
「そうなのか?」
「一見集まるようでお前のように一人はみ出す者が居たり、ボスに従い安全圏で生きる者で集まったり」
マサムネは大きく伸びをして体勢を変えた。
「猫社会も野良と家で別物だ、家に入れた者は大体は一生の安寧と引き換えに外には出れんがな」
「安寧……?なんだそりゃ」
「……穏やかに過ごせると言う意味だ」
野良猫の癖にマサムネは難しい言葉を使うんだなと翔は思った、たぶん自分より賢い。
軽く猫に劣る自分の学の無さにショックを受けるが、まあいい。
「マサムネは日中何やってんだ?暑くなってきただろ?」
季節は夏に向かう途中、日差しもだが気温の高まりが昨今異常だ。猫なんて全身が毛皮、どうしてるのだろうか。
「野良猫にとって天気も気温もその日暮らしだ、暑ければ日陰で寝るそれだけだ」
「ふーん、もしかして知らないだけで意外と野良猫って多いのか?」
「俺達は基本気配を消す、餌付けされてる者は緊張感解けて油断しがちだがな」
確かに昔よりは減った気はするが、道の脇や家の前で堂々と餌を食べている姿は見る。それがあまり良くないとされる人間目線な問題もあるが。
「本来餌は自分のテリトリーに運び、奪われないようにするのが基本だが、餌付けする者も減り狩りが出来る者も減った」
「野良猫社会も少子化問題か」
「別に雌は子を沢山産む、その中で生きれるかどうかだ」
そう言えば一度に数匹産まれるシーズンみたいなものがある、しかし皆が大きく育つ姿は見た事はない。
いつの間に居ないのだ。
それは亡くなってしまい知らぬ内に人が処理しているのか……
マサムネは再度伸びをして起き上がった。
「ふぁ〜……俺は寝床で寝るぞ」
「ふ、ありがとうなマサムネ」
なんだかんだ夜のお喋りに付き合ってくれてる、そっけなくしながら根は良い奴だ。
ピンと尻尾を立てながら空き地の奥、住宅街の暗闇へ消えていった。
翔も感謝をして帰路に着いた




