お休みの日
アルコバレーノの店舗引渡しが済んで、全体トレーニングが始まったが……今日は休養日となっている。
店長の北見曰く、「祥子と買い物行くんだもん」らしい。
北見夫妻のイチャイチャっぶりは中々のものである、翔はもう慣れたが一瞬でキスしてたりするから始めは驚いた。
しかし、それがまた画になるのだ。
店長の北見隼人とだけ聞けば「店長さんだな」ぐらいだが、実際の見た目は金髪青い眼ピアスの光るイタリア人、ルックスが西洋絵画の世界から出てきた人みたいだ。
奥さんの北見祥子も日本人の平均的な女性より背が高めで美人だ。
二人が揃い本気でイチャイチャし出したら空間がピンクに染まる。
きっと今日の買い物先でも、そうなっているだろうなと翔は想像する。
そんな夫婦の時間も必要だと、翔は訓練が出来ない寂しさもありながら納得させて、自分の身の回りの整理も久しぶりにするかと腰を上げた。
なんだかんだで前職場ネロ時代の契約書とかもあるが、捨てない方が良いのだろうか?
翔は悩みながらその関連を纏め出した。
契約書から始まりコックコートも二着あった、そういえば貸し出し制で給与から制服代預かりで取られ退職時に乗せて返すシステムだった。
契約書にもその旨が記載されている、つまりもう返される事の無いお金になったのかと翔は笑う。
最後の廃業に至ったゴタゴタで最終月の給料もどうなったか有耶無耶のまま、警察や役所もたらい回しな上で歯切れ悪い回答だった。
「ま、もう支払いも無いだろうな」
翔はそのぐらいしか無かった。
それだけ単純作業しかさせて貰えなかったのだから、対してアルコバレーノから渡された契約書やレシピなんかは厚みがある。
制服代や洗濯代は掛からないし、個人店ながらきっちりした契約書類のファイルになっている。
ぺら紙一枚とは大きな違いだ。
ふと南はどうしてるんだろうと電話してみる。
「はい?先輩どうしました?」
「休み中にすまんな、いや物を整理してたんだがネロ時代の契約書とか南はどうしたのかなって聞きたくてな」
「あぁ〜結構厄介ですよね、警察からなんかあった時の為に残してはいますけど終わりがわかんないです」
さすが南、賢い選択をしている。
翔は捨てようとしていたので「警察から」の言葉に残す事を決めた。
「先輩、今スーパーに居るんですけど……店長夫妻が居ます……」
南の声が小さくなる
「ん?スーパーに?声掛けたら良いじゃないか」
「いや……かなりラブラブモードでして、あれに入る勇気は出ません」
北見夫妻イチャイチャをスーパーでも発揮しているのか……と翔も遠い目をする。
「少し距離を取って買い物します、それじゃあ失礼します……」
南と通話を終えて、翔は整理を再開する。
自分で書き溜めた前職場仕事のあれこれやメニューの想像スケッチ……よくもまあ自分で二年もやったなと懐かしむ。
「これは……残しとくか、戒めだ」
使われる事も必要ともしないだろうが、間違いなく翔の心の支えでもあった。
部屋を片付け出すと変わっていくもので、今最優先のアルコバレーノに関わる物が増えてきた。
主にレシピだが画像を取り材料と工程を考え編集して出す、たった一つの料理に対して裏で相当な時間が掛かっているはずだ。
そう考えるといつも明るい店長北見の凄さが際立つ。
「このレシピなんて秘蔵のお宝なんだよな」
ペペロンチーノのレシピを見て呟く。
文字にすれば材料名と工程が書かれているだけだが、これを再現するのに苦労している。
特別な材料も工程も無い「乳化する」の一文が遠く感じてしまう。
「奥が深い……」
翔はふふっと笑いファイルを閉じた。
——いつもの空き地
今日は半月、月は丸いのに丸く見える事の方が少ない不思議なものだ。
柔らかい月明かりの下でマサムネは毛繕いをしていた。
柔らかな身体を存分に曲げて全身ケアしている。
「マサムネそれ痛く無いのか?」
「……何だ突然」
「いやぁ猫の柔らかさって凄いなと」
「……俺には両手で何かする人間の方が不思議だ」
「両手で何かする……か、これでもなかなか大変なんだよ」
「翔よ、今日何人か人がここに来ていたぞ」
マサムネの言葉に「来たか……」と翔は呟く。
看板は変わってないし何も知らせはない、だが業者の下見かなんかだろう。
「そろそろこの空き地に手が入るのかもな」
「……そうか、過ごしやすい場所で良かったのだがな」
「マサムネは……拠点変えるのか?」
「すぐじゃない、その時までは居る」
「そうか、まだしばらくは話相手頼むよ」
「……メシ次第だ」
いつかはわからないが別れが忍び寄る。
翔は今この時を静かに刻んだ。




