訓練、鍛錬
——全体トレーニング二日目
「さあ、昨日学んだ基礎の動きをおさらいしたら早速シミュレーション始めようか」
店長北見の一言で二日目が始まる。
一時間程のおさらいをして配置に付く。
祥子がテーブルに紙を置いていき頷いた。
「各テーブルに料理名の紙を置いてあるからランダムに見て注文を取っていって、勿論声を出しながら考えうる色んなタイミングでね」
そう言って祥子も石窯横、ピッツァ台にスタンバイした。
「……用意、スタート!」
北見の号令で始まった全体シミュレーション、翔と南で架空の接客を行い注文を取りキッチンは実際に仕上げる、そしてテーブルへ届けていく。
誰も居ないがお客さんが居る想定で声を出し注文を控えたらキッチンの伝票台へ挿む。
聞こえてくるのはキッチンの料理の音と南の接客の声、最初はテンポ良く進んだ……だが。
「ハイハイ、十三番十四番上がったよー」
「こっちもジェノベーゼピッツァ上がったわよ」
次第にキッチンの勢いが強くなり翔と南は運ぶ事で精一杯になる。
「ハハハ!よーし一旦ストップだ!」
「うん、初めてにしては喰らいついたんじゃない?」
南と二人で息を切らしポカンとする。
「現実的なスピードで料理出してないからね〜」
「本来お客さんとのやり取りも会計やお冷注ぎもあるからね、オーダーがこんなに同タイミングでは上がらないわよ」
何故そんな無茶苦茶な事を……と翔は思ったが、ハッと気付いた。
「もしかして試された?」
呟いた一言に北見は笑う。
「そうだね、これぐらいの提供圧力が天井ってとこだね」
「私達はまだ出せるけど翔君才賀君は限界でしょう?」
「ハハ、かなり厳しかったですよ」
南はぐったりしている。
そしてそこから始まる動きの確認とフォローのタイミングを会議する。
誰がどうフォローすればフロアとキッチンが負担なくスムーズに流れて行くか、接客の会話で溜めが作れるのか?会計が絡んだ場合は?
様々なシーンを潰していく。
(凄いな……店のオペレーションが構築されていく瞬間だ)
翔はなかなか体験できない事に興奮する。
普段店を利用はするが、こうやって始まりを苦しみながら生み出される形なんだと、改めて思い知った。
「うーん、やっぱりピッツァが早いとは言え三分の間がフォローしどこ……前後の動き合わせて二分半ってとこか……」
祥子は分単位、下手したら何秒を使えるかの計算でレベルが違う。
「キッチンフォローについては皿用意と食材をオーダー事にまとめて仕上げトッピング出してくれたら……」
北見は物理的に苦しくなった時に翔と南どちらが来ても良いように、やってほしいオーダー下準備を共有していく。
思ってた以上に頭もパンパンに詰まっていく。
だがこの瞬間が翔は楽しかった、二年間何もさせて貰えなかった時間を取り戻すかのように笑みを浮かべていた。
「先輩……凄いっすね」
「ああ、始まりの店作りって凄いよな」
「いえいえ、僕頭回らなくなってきたのに先輩は笑ってるから」
南に言われて初めて笑って居た事に気づいた。
「先輩、ここに居る時に僕こっち側を見ようと……どうしました?」
「ん?いや……楽しいなって」
翔は本当にアルコバレーノに来て良かったと実感していた。
——いつもの空き地
身体が軋む、なかなかに詰められるトレーニングに一日空いてしまったが空き地に来た。
「マサムネは……居た」
半月に向かう月をジッと見ていつもの場所に座るマサムネに近寄る、その時だった……
シャアアアァァァ!ザザッ!トトトト……
「うわ!何だ!?」
何かが翔の横から飛び出して走り去ってしまった。
「……挑戦者だ」
ふと、マサムネが呟く。
「翔が来るタイミングが被ったので驚いたのだろう、良かったな襲われなくて」
「お前、襲われなくてって……」
「アイツは最近来た若い野良猫だな、返り討ちにしようと隙を見せて居たが翔に驚き逃げるくらいではまだまだだ」
マサムネはボスの座を狙われているのを察知して、敢えて待っていた、そして運良くか悪くか翔が来たと。
「そう言えばボスに挑戦する奴が現れる時期って言ってたな」
「……ああ、だが奴では無い」
「そうなのか?」
「少なくとも背後は狙わん、真正面から名乗り上げて決闘をしないとボスにはなれん」
野良猫のボスってそんなシステムだったのかと翔は思う。
「……お前今日は食材の匂いが濃いな」
マサムネが鼻をヒクヒクさせ翔を見る。
「ああ、店でトレーニング始まったからな!レベル上げしてるんだ」
「……鍛錬なぞした事無いが、人間はそれで強さを伸ばせるのは良い事じゃないか」
「野良猫は強さに磨きを掛けないのか?」
「そんな面倒はせん、食って寝れば良い」
「猫らしいな……」
猫がちょっと羨ましくなった月夜の空き地だった。




