野良の道
「何言ってんだマサムネ……?」
ここを去る。
確かにそう言ったマサムネは月を見てあくびをした。
「野良猫とはそう言うものだ、定住はしない」
「誰かに負けたのか?」
「ふん、負けた訳じゃ無いが月を見ろ」
翔は月を見る、満月を越えて少し欠けが出ているくらいだ。
「……あの日、お前と出会い助けられた日から翔と会話を出来るようになったし、人間の言葉が分かるようになった」
「ああ……俺も猫の言葉が分かるようになったな」
「不思議な事だ、何故そんな事が起きたのか」
今では当たり前にマサムネと会話する夜が普通で慣れていたが、世間一般的にはあり得ない事だと改めて翔は思う。
「……翔よ、俺は満月になると身体の内から暴れたくなる衝動が高まる」
「え?」
「確信したのは昨日だ、そして感じ出したのはお前と喋り出した日からだ」
マサムネはそんな素振りは見せなかった、少なくとも翔は気付かずに居た。
「……昨日居なかったのは」
「うむ、お前に会えば襲ったかもしれん」
そこまで考えたのかと思った翔だが、同時に疑問も湧く。
「満月じゃ無ければ大丈夫なのか?」
「……現に今日はなんとも無い」
「じゃあ去る必要無いだろう」
「翔……?」
「たった月一回の満月なんか気にしてんじゃ無いよ、俺が控えれば良いだけだ、毎日話を聞いて貰えてたのが贅沢だったんだよ」
翔は月を見て続けた。
「マサムネ、お前はここのボスだろ?あんな触れもしない月にビビッってんのか?」
「……ふっ、言うようになったじゃないか翔」
「お前から……っても野良猫から学んだなんて人には言えないが生きてく強さは教わったよ、だから今新しい店で頑張れてる」
これまでの翔の二年耐え苦しんだ時間から解放してくれたのは、間違いなくマサムネとの会話で生まれた前を向き生きる力の向け方からだった。
はっきりと今感謝している事を実感している。
猫と人、関係はどうあれ翔の人生を変えたのはマサムネだ。
「……翔、お前は新しい生き方で走れてるのか?」
「ああ、人だからな。何度もチャレンジするさ」
「……ならば、俺は猫らしく縄張りに居よう、だがきまぐれだぞ」
「良いぜ、ふっと消えてもおかしく無い野良猫のボスマサムネ、俺が覚えといてやる」
「……ふん」
翔は持ってきたタッパーを開けて中をひとつまみ、マサムネの前に落とす。
「ほら、カツオのタタキだ」
「む!こ、これは!」
マサムネもやはり猫、魚には弱い。
「最近肉やカリカリばっかだったからな、たまにはな」
聞いてるの聞いてないのかがっついて離さないマサムネ、そして匂いに釣られて二匹程茂みからも猫が……
「ボス……ずるい」
「魚……美味そう」
コテツとタワラマルだ、小柄なコテツに大柄なタワラマルにもカケラを投げてやる。
そして取り合いの喧嘩威嚇が始まる。
「ああ、ほらもう一個やるから分けろ分けろ」
もう一つ落として互いに取っていった。
「あいつらのどちらかが次のボスになるだろう」
顔を舐めながらマサムネは言った。
「え!?」
「俺がボス落ちしたり消えたりしたらの話だ、コテツはマイペースだが一番地域情報を持つ、タワラマルは単純にデブで力が強い」
「タワラマルの方がシンプルに勝つんじゃないか?」
「そうとも言えん、情報は野良猫に取って危機を回避し好機を逃さなくなる……まあ俺が居る間はボスを渡さんがな」
マサムネの表情からは分からないが、目に笑みが浮かんでるような気がした。
「後輩が居ると嬉しいのか?」
「逆だ、怖いのだ」
「怖いって……?」
「優秀な後輩はいつか自身に挑む、それが縄張り世界。老いた時に向こうが全盛期を迎えるのだ」
「……それにしては嬉しそうだな」
「……ふん、いつまでも居座る気は無い、ただ見知らぬ猫より知った猫に負ける方が気持ちが晴れると言うものだ」
案外野良猫社会も仁義や任侠的な感覚があるんだろうか?お前に託すぞ的な……
「……だが、その前に場所が無くなれば意味無いがな」
そうだった、この空き地は売りに出されている。
立地的にはパーキングか小さなアパートか……どちらにせよ時間の問題だろう。
「マサムネ、どうするんだ?」
「……別に寝床は幾つかある、だが……」
「だが?」
「翔から美味い物を貰えなくなるのは残念だな」
「ふっマサムネが良ければ違うとこに行くぞ?」
「……まあ、後々な」
月夜の下、翔とマサムネはこれまでで一番話し合った気がしていた。




