職人のレベル
翔は走る、今日ついにアルコバレーノのキッチンが引渡しになり試作が始まる。
二年間を雑用で過ごさせられた前職には無い高揚感に、胸が躍る。
貰ったレシピは暗記してきた、後は実際の食材と調理器具が繋がりキッチンで動けるかだ。
「何から作るんだろ、パスタかなピッツァかなサイドメニューかな!」
ウキウキで走る足が止まった。
明るくなって更に見えやすくなった空き地の売り看板。
マサムネと別れてしまうんだろうか。
思えばあの月夜の日の決闘に出くわしたから、マサムネを助けたから今に至る。
運命とは不思議なもので、小さなきっかけで大きく生きる道が動いた。
翔は空き地を後にして店に向かった。
「では、異常無しって事で!ご活躍を願っております!」
「はーいありがとうございました〜」
アルコバレーノのキッチンを改装していた業者が去り、店長の北見はスタッフに告げた。
「じゃ、やろっか!」
「はい!」
まずは試作食材を運び入れていく。
事前に南と打ち合わせしていた通り配置してセットが完了。
同時進行で火や水が使えるかを確認していた北見夫妻に伝える。
「準備オッケーです」
「よし、じゃあ試作食材の切り分けを翔君南君に任せよう」
「はい!」
規定の切り方で規定の大きさで食材を切り、小分けにしていく。
イタリアンなので生のニンニクの量が凄い。
「先輩、中の芯はえぐみ強いから取るんですよ」
「そうなのか?」
「結構一手間が効いてきますよ」
さすが有名調理学校首席の南だと感心してしまう。
前職場ネロでの待遇差もあり、スタートレベルは違う。
だが翔は気にしなかった、後輩だろうが教わるものは教わるし、食材を扱える事がひたすらに嬉しかった。
「翔君楽しそうだね〜」
「そうね、話は聞いたけど二人共相当ブラックな職場に居たみたいね?」
北見夫妻が話しかけてくる。
「僕はともかく先輩が酷い目に……」
「ん〜今が楽しいので昔はもう気にして無いですよ」
「翔君は前向きだね〜」
材料も切り分け、後は使うのみとなったところで北見が帽子を被った。
「そんな二人にお見せしようかな」
北見の空気が変わった。
南も息を呑んでいる。
湧き上がる湯にパスタを投入し、すぐにフライパンを操る。
オリーブオイルにスライスしたニンニクを入れ香りが立ち上がる、頃合いでベーコンと唐辛子に熱を加えている。
シンプルな事しかしていないのに北見の空気感は何なんだろうか?
まるで人が変わったかのように一つ一つの動きに見惚れてしまう。
パスタのタイマーが鳴り、湯切りをしてフライパンに投入、少しして白ワインで火柱を起こす。
早い、フライパンは絶えず動かしながらソースを乳化させパスタに吸わしていく。
トロッとしたニンニクと唐辛子のソース、ペペロンチーノだ。
皿に盛るのも手際が良い、台を作り高さを出す盛り付け。
仕上げに唐辛子を頂点に置き軽くパセリを散らし完成だ。
「はやっ……」
「凄い、ペペロンチーノ乳化ってシンプルだから難しいのに……」
「ま、君達もこのぐらいは引き上げて貰おうかな〜さあ試食して〜」
いつもののほほんとした北見に戻っている。
同一人物と思えない変わりようだ。
南と一口ずつ口にする。
「……!」
「うっま!」
このペペロンチーノに特別な物は使っていなかった、なのにニンニクの弾けるような香りとソースの濃さ、唐辛子の辛味が食欲を増進させる。
「これがアルコバレーノの基本だよ〜これから君達は毎日自分で賄いとして作らせるからね〜ふふふ」
「毎日ペペロンチーノですか……?」
「そう、僕が良いと言うまでね」
目があの時の作り手の目をしている、本気だ。
南も感じ取ったようだ。
「どっちが先に抜け出るかな〜楽しみだね〜」
北見は面白そうに笑う。
「先輩、負けませんよ」
「俺だって負けるつもりないよ」
同僚でありライバルだ。
「さあさあ次は私だね!」
祥子が帽子を被る。
「先にパスタとサイドメニューに付きっきりになるだろうけど、私のピッツァも見せてあげるから」
そう言って祥子は冷蔵庫を開けて番重を取り出した。
中には丸ッとした手のひらサイズの餅みたいな物が並ぶ。
「あれは……鏡餅?」
「先輩、生地ですピザ生地」
南につっこまれながら祥子の動きを追う。
「よっ」
サラッと小麦で打ち粉をしたとこに、生地を乗せて素早く押し広げていく。
これも早い!くるくると回しながら遠心力も掛けてあっという間に円盤となる。
「これにミミを軽く付ける」
流れるままに動きは止めず一周を指で摘んで形が出来上がる。
トマトソースを塗りモッツァレラチーズとオリーブを配置して石窯に入った。
僅か三分程で焼き上がる。
パチパチと音が聞こえるチーズ横にバジルを配置し、マルゲリータの完成だ。
「うわぁ……これ美味そう……」
「ミミまで均等な厚さ……だから焼きムラがないのか……」
どうも南とのコメントに自分の感性不足を感じる、うわぁしか言えてない。
「ふむふむ、祥子腕を上げたね〜」
「あら?義父さんの店で伸ばしたもの」
隙あらばちょっとイチャイチャしだす北見夫妻だが、腕は本物だ。
メインを張る店長北見隼人。
ピッツァ職人北見祥子。
アルコバレーノの顔になるのは間違いない。
改めて凄いとこに来たのだと翔は実感していた。
ここで学べることに喜びと少しの不安を感じながら南と顔を合わせて笑い合った。
「ほら!焼きたてピッツァサービスだよ、あなた達もビシバシ鍛えるからね!」
「はい!」
そして二人の修行の日々が始まった。




