四人目のスタッフ
「さてさて〜オープンチラシが出来たよ〜」
ウキウキで青い瞳をキラキラさせながら、北見は配布用チラシの束を叩く。
結構な塊だが何枚あるのか……
「二人にはエリア毎に別れて配ってもらうからね〜」
「あれ?南のと違うような?」
「あ、先輩とデザイン違う」
「そのチラシ自体がクーポンだからね〜集まりが良いエリアの情報収集の為さ〜」
クーポンチラシとしてエリア毎の回収をするつもりなんだろう、しかしデジタル全盛期にアナログだが集客効果はあるんだろうか?
「一応ホームページとsnsもあるんだけど……店舗連絡と受付用だね、初動でそこまで対応する暇は無いよ?」
ギラリと北見の目が輝く、あくまで柱は料理と言う姿勢が見て取れる。
その料理を教われるトレーニングも近日に迫るが……
「そうそう、四人目のスタッフがそろそろ帰るはずなんだけど……お茶して待とうか〜」
何ともリラックスしきりの店長北見に力が抜ける。
翔と南は少し不安を覚えていた。
だが北見は見透かすように声を掛ける。
「いいかい?程良い緊張を楽しめるぐらいがパフォーマンスを引き上げて、事故を防ぐんだよ!」
器がデカいのかイタリア人の血なのか、動きが予測出来ない店長だ。
——カラン
不意に扉が開く音がする、改装業者は今日を終えた筈だが……
「隼人ー!荷物持ってー!」
店長の北見の下の名を呼ぶ声、南と顔を合わせ三人で入り口に向かう。
「オーゥ!ショウコー!」
「ハヤトー!」
がしっ!ギュッ!チュッ!
流れるようなハグからのキス……間違いない、四人目のスタッフとは……
「紹介するよショウコ、翔君と南君だ!アルコバレーノのホープ達だよ!」
「ハァイ!私は北見祥子!分かると思うけど隼人の妻です!宜しく!」
「大坂翔です!」「南才賀です!」
(南……才賀って言うんだ、知らなかった)
今更に南の下の名前も知ったが、まあそれよりもラブラブっぷりが止まらない北見夫妻。
このアルコバレーノは北見夫妻経営だったのだ。
「ショウコはピッツァ専門だけど君達はラッキーだよ、アジア大会で優勝出来る職人だからね」
「もう、来年にはヨーロッパ大会制覇してやるわよ〜」
店長北見は全国イタリアン大会優勝者、妻祥子はピッツァアジア大会優勝者……とんでもない職人家族だったか。
「ショウコ、父さんはどうだった?」
「お義父さんは相変わらずよ、キッチン震えてたわね〜」
「ハハハ!相変わらず頑固親父だねぇ」
北見の父、つまり北見の師匠か?厳しい顔を持つようだ。
「食材は三日後だっけ?、石窯とか整備しなくちゃね〜あなた達期待してるわよ!」
「はい!頑張ります!」
「お、若いのに良い返事じゃない〜教え甲斐ありそうねふふっ」
祥子は明るく姐御肌な気がする、ともかくもこれで全員が揃った。
三日後に迫るトレーニングまで気は抜けない。
この日は顔合わせで、翌日にオープン告知チラシを皆で配り出す事を予定して解散となる。
「いやぁ、南は予想してたか?」
「なんとなくですけど、電話してるとこ見たりはしてましたから」
「更に面白くなってきたな」
「ええ、頑張りますよ!」
翔と南、若手の意地もある。
二人は胸の高鳴りを感じながら解散をした。
——空き地
満月を迎えてまた欠け出した月の下、いつものようにマサムネは居る。
「よっマサムネ」
「……何か良い事があったようだな」
「良い事っつーか前向きになれる事かな、よく分かるなお前」
「……ふん、匂いが変わるのだ」
猫とはそんなに感情を読み取れるものなんだと感心してしまう。
「なあ、野良猫って基本一匹じゃないか?」
「……まあ相棒が居たりもするがな」
「親子で住むとかは無いのか?」
「……それは家猫ならばあるだろうが、野良猫は独り立ちをするな、餌場の範囲もあるし固まる事でリスクも高まる、親の側は子猫の内だけだ」
「ふーん……寂しくはならないのか?」
マサムネは尻尾を振り月を見る。
「寂しさは時と共に薄れていく、少なくとも寂しさに囚われる猫は野良では生きにくい」
野良猫の世界はドライな世界なんだろう、そうじゃなければ生存競争に負ける。
「マサムネはボスとして若手に教えたりするのか?」
「言葉では教えん、見て学べの世界だな」
「野良猫も職人と変わらないのか……」
人間はまだ幅があるものの「見て盗む」が大事な行動ではある、専門性が高まる職人の世界なら尚更。
「翔よ、野良猫で一番の敵は……情だ」
「情……?」
「自分を他者に重ねる時、自分と言うものが離れてしまう。その時が無防備なのだ」
「……なるほどな」
教える事はそれ程大事な時と力を向ける、だから教わる側も力を向けなければ成立しない。
「……なんだか良い事聞けたよ」
「……ふん、ならばメシを寄越せ」
「はいはい、現金なやつ」
翔はカットした魚肉ソーセージ(猫用)を差し出す。
「む?なんだこれは?」
「あ、知らんのか魚のすり身みたいなもんだ」
「ふむ……む、美味いじゃないか」
「そうか?良かった良かった」
今日も月の下、マサムネと語らい夜が更けていった……




