人に猫に歴史有り
——朝
身体はまだ早くに目覚めてしまう。
翔が縛られていた二年間の習性だ、仕方ないと割り切る。
逮捕された雇用主、東が店長のイタリアンレストラン「ネロ」は突然の閉店でどうなるかは知らない。
翔はなんとも言えない胸の痛みはあった。
自分含め誰かが東を止めていれば違った未来だっただろう。
だがもう起きた過去は変えれない。
切り替えていくしかない。
今日は後輩の南が改めて新しい職場「アルコバレーノ」に面接を受ける。
店長の北見が問う「夢はあるかい?」の答えが分かったようだったが……
とりあえず今は職も無くなった、保険関係や離職票と言った物が通常と違う失い方をしているので警察か役所かに行かねばならない。
新しい職場に採用されている身とは言え、手続きで時間が掛かるだろう。
とりあえずの無職、時間はあるので焦らず確実にと思いながら寝床から身を乗り出した。
ゆっくり朝の散歩を翔は楽しむ、これまでそんな余裕は無かった。
余裕が出てくると元の職場の異常さに気付いてしまう。
(正しいと思い込んでいた二年か、夢から醒めたんだな)
朝の空を見て思う。
ふと、目の前に猫が横切った。
野良猫だろう、もしかしたら夜に餌をあげた内の一匹かもしれない。
「おーい、お前も散歩かい?」
猫はこちらを見て、プイとそっぽを向いて路地裏に消えてしまった。
「つれないねぇ、まあマサムネぐらいだわな。何故か喋れるし」
今になってまた、「何故マサムネとだけは言葉を交わせるのか」が気になりだした。
翔はもちろん、マサムネ側もその現象には驚いている。
整理してみれば、翔は猫の言葉が理解出来る。
マサムネは人の言葉が理解出来る、翔とマサムネ間だけ会話が成立する。
「アイツだけが喋るなら化け猫かと思うが、そんな感じじゃないよな……」
それでも喋れるようになっての人生の変化が凄まじい。
悪い事には思わなかった。
町内をぐるりと周り役所に行って警察に行ってとしてれば昼過ぎになっている。
そこにスマホが震えた。
「南……」
再面接が終わったのだろう、息を吐き通話にする。
「もしもし」
「先輩……受かりましたよ!」
良かった、そこまで心配はしてなかったが晴れて先輩後輩を続けられる。
「しかし、北見さんは何故南を一度保留にしたんだ?何か言ってたか?」
「それは……夢の置き場です」
「なんだって?」
何かよくわからない事を言い出した南を訝しがる。
「ほら、先輩は自分のお店にお母さんに来て貰う夢でしたよね?」
「ん……まあな」
改めて言われたら恥ずかしいと翔は詰まる。
「僕は一流の料理人になる事を掲げましたが、誰にが無かったんです。」
北見は夢の内容を誰に向けているかを測っていたのかと、翔も納得した。
言葉だけじゃ無く眼からも測るように……
「北見店長……少しレベルが違うな」
「ええ、まだまだ遠くに居ますよ。少しお話しもしたんですが……ちょっと不思議で」
南が口籠る、何かあったのだろうか?
「なんだ?」
「北見店長の歴ならもっと都心の一流レストランとかで腕を振るっていてもおかしく無いはず……だってあの全国コンクールは国内でも最高峰の賞ですよ」
「そんなに凄かったのか……」
「検索したらニュース出てきますし、北見店長の名前も顔も出ますよ」
「ふぇぇー……」
「僕ら思ってる以上に凄い方の店でやることになりましたね」
そんな凄いとは思わず、しかしなんだってこんな郊外の目立たない立地で……とは思ってしまう。
お父様からのプレゼントとして店を譲られたと言っていたが、お父様も有名なのだろうか?
「確かお父さんが東京で店出すから、アルコバレーノを貰ったって言ってたな……」
「えっ!そんな話があり得るんですか……?いやでもあり得るのか……」
南も少し混乱し出した、北見の謎は今後働く上で分かるだろう。
翔はとりあえず南におめでとうと伝えて通話を切った。
人生は不思議なものだと空を見た。
——その夜
いつもの月、いつもの夜、いつもの空き地。
夏が進んで少し温い温度帯ではある。
昼よりマシとは言え猫には堪えるようで、マサムネはぐでんと伸び寝転んでいた。
「良いのか?野良猫のボスがそんな有様で」
「……ふん、俺がこうなると言う事は他の猫もこうなっている」
「まあ暑いよな、毛皮だし」
マサムネは伸び転がったまま、あくびをしている。
「翔よ、お前は何故頑張るのだ?」
「え?」
「人間は何故他者に頼って、時に他者を救うのだ?」
「な、なんだ哲学か?そんなのわかんねーよ……でも、人の為って言うのは嬉しいとは思う」
いきなりマサムネの真面目な質問に戸惑ったが、嘘は無かった。もし自分の店を持ち、お客さんに喜んで貰えたら嬉しい。
それだけしか思いつかなかった。
「……野良猫も他者の為に動く事は少なからずある」
「マサムネか?」
「縄張り内で見かければの話だ、基本は自分でなんとかするのが暗黙のルールだ」
やはり野良猫には野良猫の社会が有りルールが有るのだろうか、マサムネは珍しく自分を少し語った。
「……俺には相棒が居た」
「相棒?」
「生まれ育った兄弟だ、死んだがな」
「……」
「気にするな、野良猫の世界は生きるか死ぬか。五匹六匹と多産だが一匹残れば良い方だ」
マサムネは月を見て語る。
「俺は助ける為には頑張れなかった、自分が生きるので必死だった」
「マサムネ……」
「だが相棒は違った、俺を生かす為に頑張った結果、アイツは生き残れなかった。今ボスの立場なのは相棒のおかげだ」
マサムネの眼には月が映る、表情は猫だから読み取れないが昔を思い出すような懐かしさを漂わせる。
「……らしくない事を言ったな、貰っていくぞ」
パッと手に持っていた鳥ささみを奪ってマサムネは消えていった。
いつもふてぶてしくも、しっかり見てる地域のボス猫マサムネ。
彼の過去が少し垣間見えた月夜の下だった。




