一夜明け
警察署での翔の事情聴取は朝まで掛かった。
警察署を出た時には朝日が目に染みた。
昨晩の東の謀略……
翔は全ての記録を提出し終えてしばらくして、刑事から真相を聞く事が出来た。
東、そして東が持つ店ネロは経営状態が非常によろしくなかったらしい。
東自身の見栄を張る癖で個人の借金を抱え、店自体も広告や雑誌にインフルエンサーへと払う広告費が膨れ上がっていたようだ。
正直料理の質は高いはずだった、いつからか味では無く宣伝して見栄えで集客しようと躍起になり……取り返しがつかないとこまで来ていた。
そこに一番の下っ端だった「雑用係」から退職申告、無遅刻無欠席のフルに有給もある状態。
もし使うと申告されれば、とても払える状況で無かった東だった。
そして今回の謀略を実行した、犯罪者として吊し上げれれば給与等をカットしてかつ違約金も取れる。
店としても「雑用係」だから痛くも無いはず、何より若造で舐めていた。まさか全て記録されている事なんて思わなかったようで、取り調べ中に翔から提示された動画を見て、東は全てを悟り諦め崩れ落ちたらしい。
今回の原因は店の基本である味を蔑ろにした、魅せるだけの経営方法に傾倒していった事だろうか。
そこに東自身の性格や金銭管理が絡んでの事だろうが……
二年前、翔が初めてネロに行った日だった。
試食させて貰ったパスタは凄く美味しかったし、東もまだ店長としての姿を見せていた。
いつからだったのか、店に取材と称して外部の出入りが激しくなったのは。
いつからだったのか、店長の東が追い詰められていたのは。
「……っ」
確かに翔は雑に扱われていた、二年間も。
だが、その間に東もまた誰に見られる事なく自壊していっていた。
誰かが、自分が店長に気付いてやれたら変わったのか?
今はもう答えは出ない。
東は様々な罪を犯した罪人として留置されている、今後調べが進み訴えるかは翔次第だが実刑になる線が濃いらしい。
店も営業は出来ず、誰がどう管理するかもいきなりの事で決まっていない。
大きく崩れた夜、モヤは残るが前を向かねばならない。翔自身が掴み取った道でもあるのだから。
翔は警察署から歩き家に帰らず、「ネロ」向かった。
いつもくる時間帯ぐらいか、店は今後どうするのか気にはなる。もう関与は出来ないが……ふと、店の前に立つ男が見えた。
「……南」
名前を呼ばれ振り返り、南は詰め寄ってきた。
「先輩!……お疲れ様でした、どうなりました?」
翔は南に全てを伝えた。
怒りや悲しみを孕んだ表情を見せて南は店を見上げた。
「呆気ない終わり方でしたね!」
無理矢理に元気を装ってるのが分かった、こんな終わり方に呆れているのか悔しいのか……
「今日、面接だろ。しっかり話してこい」
騒動の夜から、もう日付が変わり朝になっているがアルコバレーノと言う新しい店の面接が南にはある。
アルコバレーノの店長北見にまず驚くだろう、金髪にピアスを着けた眼の青いイタリア人なんだから。
南に風貌は伝えていなかった、先入観なく当たってほしい。
北見の人柄や雰囲気は感じたら、南なら暖かさを感じ取れるはずだ。
「はい、そろそろ行きます」
「ああ、気負わずにな」
「先輩、ここはどうするんでしょうね」
「……」
元々定休日だったから今日は問題無いが、明日以降は働く者達もお客さんも戸惑うだろう。
店長が逮捕されてるのだから。
副店長も居ないし居たところでってのもある、給料の支払い等も分からない。
翔も他人事ではないので行政に相談すべきだろう。
南を見送り、店をひとしきり眺めたら翔は空き地に向かう。
いつもは月が出る時間だが、今日は太陽が出てる。
気温も高くなるので早めに向かった。
「さすがに……あっ!」
いつもの定位置空き地の真ん中では無く、少し日陰になる壁側に探し猫を見つけた。
「よう、マサムネ」
「……うむ」
虎柄野良猫マサムネ、日のある明るいとこで見ると毛が金色に見える。
「……昨日はありがとうな」
「……何の事だ」
ぶっきらぼうに返されたが、翔は確かに確認したのだ。
昨晩の騒動の中、東に詰められていた最中。
翔は窓をチラリと見た際に、マサムネが外から様子を見ていた事を。
「笑っちまったじゃないか、あんなこっそり覗いてたらさ」
「……ふん」
バレたのが恥ずかしかったのかマサムネは鼻息だけで返事する。
「……本当にありがとう、あの時肩の力抜けたよ」
「俺は散歩してたらお前が窓の中に見えただけだ、何もしてない」
「いつから見てたんだ?」
「……最初からだ」
そんな前から窓に張り付いていたのかと翔は驚く。
猫の気配の消し方は凄いものだ。
「……匂いが違ったのだ」
「匂い?」
「何かを仕掛けようとする者の体臭だ、緊張、興奮、葛藤を猫は感じる」
猫は感情に敏感とは言うが猫同士だけでなく、人もわかるのかと感心する。
「昨夜は特に匂いが強くてな、見に行けばあの有様だ」
「はは、マサムネでも注目するのか」
「ふっ、その中で翔も下剋上を狙う野良猫のように堂々としていたぞ」
「珍しいな……褒めるなんて」
「俺は感じたままを言っただけだ……暑い、俺は行くぞ」
のそりと起き上がりマサムネは日陰を選びながら、街に消えていった……
「わざわざ待っててくれたってか……マサムネありがとう」
昨日から一睡もしていない眠気が訪れた、ようやく気が緩んできたのか。
翔は本当に区切りが付いたと伸びをして帰宅した。




