因果を断つ為に
——俺、ネロを辞めます。
ハッキリとそう伝えた、ネロ店長の東は目を丸くしている。
我に返ったようで怒声が飛んだ。
「はぁ!?テメェが辞めたら誰が鍵閉めや雑用やんだ!?」
「……それは業務指示でしたか?」
「あん!?当たり前だろうが!それしか出来ない癖に何が出来るってんだ!」
「何も教えてこなかった二年はもう戻りません、だから俺は文句を言わない。だけど業務指示を出すなら最低賃金のまま、毎日早出と残業の十四時間弱の労働だと言う事になります」
「あぁん?テメェ見習いだろうが!自主練してただけだろう!」
「もう遅いです、俺はこれまでずっと記録していた。今も録音してあります」
東の顔が戸惑いに変わる。
「お、お前脅すつもりか?」
「勘違いしないで下さい、俺は辞める事を伝えに来ただけです。ただこれまでの接し方から危険を感じるが故に、やむなく録音してきただけです」
「……てめぇ、チッ!さっさと消えろや!」
「……それは会社都合の今クビですか?色々申請が変わりますが?」
「ぐっ……二週間後だ」
「はい、話がスムーズで助かりました。二週間後保険関係も含めて用意をお願いします、お手数おかけしますが宜しくお願いします、店鍵は退職日にお返ししますので、それまでは今まで通りにやります」
東は歯軋りをしながら翔を見つめる、翔はこの時の為に一ヶ月の準備をしていた。
パワハラ言動の録音や労働基準法の勉強、いざと言う時の連絡先に至るまで。
全くの想定外の翔の動きに悔しさと怒りが溢れている、だが手を出せば不利になるのは誰でもわかる。
今まで通り、無関心で翔に手を出さなければ良いだけだ。
(俺、強くなった……と言うか、一度決めたら見えてくるんだな)
「では、最後まで宜しくお願いします」
翔は一礼して事務室を出て行った、通路には東が声を荒げたせいでスタッフが集まって、やり取りを聞いていたようだ。
せっかくなので皆に挨拶をする。
「お聞きの通り二週間後になりますが、店を辞める事になりました、最後まで宜しくお願いします」
軽く礼をして、閉店後の誰もやらない一人で二年間やってきた片付けを始める。
スタッフは呆然と見ていたが、その中から南が出てきて手伝いだした。
「先輩、お疲れ様でした」
「……ふっありがとうな」
他スタッフは事態を呑み込めないまま、動揺を抱え退勤していった……
ガチャン、ピッ
「これで締めが完了だ」
「はい、多分僕に回ってくるはずなんで覚えます」
誰かスタッフが言った「誰にでも出来るどうでもいい仕事」これが滞ると全て崩れる。
どうでもいいと下に見る物が、歯車の一つで支えられている。雑用もまた大きな枠に入る仕事なのだ。
「果たして先輩スタッフ達何人が文句を言うのかな」
「ハハッ大坂先輩の献身……僕は本当に凄いと思いましたよ、あんな暗い中で負けずに……」
「良いんだよ、南は美化しすぎだ!実力はお前が遥かに上なんだ、活かせよ?」
「ハイ!」
二人でクスリと笑い別れた。
空き地にて、今日は半月寄りの少し雲が掛かってる。
「マサムネ」
日中の暑さのせいか野良猫らしからぬ、ぐでんとしたポーズで熱を逃がしている。
「毛だらけの猫も大変だな、ほら」
今日はささみジャーキー。
「……翔よ、お前気を付けろよ」
「ん?何を?」
「付けられている」
マサムネは丸まり直して向きを変えた。
「角に二人程か……おまえの店と同じ匂いがするな」
「そうか……報復かな……」
喧嘩はしたく無い、強くも無いし穏便に済ませたいが二週間そうもいかないかもしれない。
「あんまり長居しちゃマサムネ達に迷惑だな……帰るわ」
「……ふん、まあ待て」
マサムネは起き上がり、ニャアオオと低く鳴いた。
(何する気だ?)
遠くの茂みから四.五匹の猫が向かってきた?
そのままマサムネを先頭に塊で空き地の角側に向かう
「お……すりゃ……え?」
「ちょっ……なん……なんだ!」
なんだか聞き覚えのある声だが、どうもまとわりつかれているようだ。
そこからマサムネの声が掛かる。
「おい、翔ゆっくり様子見に来る感じで来い」
言われた通りに立ち上がり猫の群れに近づく……
「チッ!」
「待てよ!」
バタバタバタバタと男二人が走って逃げて行った。
「マサムネ……今のは」
「野良猫が餌を貰えると思って奴らにたかり、それをターゲットの翔が近くまで見にきたから、顔バレ前に仕方なく逃げるしか無い状況を作っただけだ」
何という策士だ……本当に猫がコイツ?
「皆、ご苦労だ翔よ皆に少しささみを分けてくれ」
一鳴きで配下を呼び寄せ褒美を忘れない、良いボスだなと翔は感心した。
「翔よ、二週間だな?」
「え?ああ最短の退職、法律に則ってな」
「俺達がお前を守ってやる」
「へっ!?」
「奴らに殺気は無いが攻撃的な匂いがした、野良猫程攻撃力も頭も無さそうだが、お前に何かあれば夜食が食えん」
マサムネは涼しくも凛々しい顔で月を見る。
まさかマサムネが心配してくれているなんて……
自然と笑みが出た。
「……何を笑ってる」
「いや、心配してくれてるんだなって」
「……取引のサービスだ」
「……ありがとうなマサムネ、あと皆も」
五.六匹の猫達に囲まれて翔は幸せだった




