先陣
「で、翔の仕事は決まったんだな?」
マサムネはささみを噛みながら聞いてくる、食べてから喋って欲しいものだ。
「ああ、おかげさまで導いてくれたあの店だ」
「ふむ、人間の中でも姿が目立つ奴だったが心配要らなかったか」
「まあ確かに目立つ人だな、イタリア人とのハーフだってよ」
「なんかわからんが混血か、野良猫は殆ど混血だ珍しくも無い」
生存本能に特化する野良猫ならそうなるのか?と翔は首を傾げた。
そして疑問が湧いた。
「マサムネは外人?外猫?とは喋れるのか?やっぱり言葉が違うのか?」
単純な疑問だった。
「……そもそも我ら猫は言葉をあまり使わない」
「え?」
「目や表情、毛や尾、後は殺気でやり取りをする」
「そうなのか?てっきり知らない所で喋ってるとばかり」
「別に話さなくは無いぞ?ただ体力の無駄なだけだ、目で伝わるのになぜ口を動かす必要がある?」
マサムネはそんなの当たり前だろうと言う感じだが、人間と猫の違いが少し分かる。
違う猫同士が静かに見合ってたり、目を逸らしたりしるのが会話なのかもしれない。
「ふーん……省エネなんだな」
「我ら、特に野良は獲物に対して一番のエネルギーが必要なのだ、他に構ってられん」
「ふーん……じゃあこうやって飯を貰うのは最大のプレゼントなのか?」
「……これは……俺とお前の取引だから違う!」
なんだか必死になって否定するマサムネが面白かった。
地域野良猫のボスとして一応プライドはあるみたいだ、餌付けに近い今の状況をなかなか認めない。
「俺よりもお前はどうなるんだ、人間は仕事が変わると色々変わるのだろう?」
話を逸らしたマサムネだが、実際的を得ている。
「そうだなぁ、いや俺も二年しか社会出れてないし、それも雑用しかしてないからな」
翔は月を見ながら改めて今後を考えてみた、今の職場ネロから次のアルコバレーノに移れば教わることも覚えることも変わる。
今の職場ネロでは雑用の押し付けだけで成長は見込めない、だが次のアルコバレーノは違うと思えてる。
アルコバレーノの店長北見、その青い眼は職人の眼だった。
「あ、目で語るって……ふふ」
「なんだ?気持ち悪い」
「いや、マサムネ達の感覚が少し分かったなって」
面接で見られたあの北見の眼差しは翔の奥深いとこまで見据えていた、言葉は一言二言だったがそれ以上に情報、情熱、思考、想いを吸い上げられたじかんだった。
「次の店長は猫かもな」
「……何を言ってるんだお前?」
マサムネの呆れ顔が月の明かりに浮き出ていた。
翌日、いつものように朝一で店に向かう。
「……南、おはよう」
「……おはようございます」
昨日、引き抜きの様な事を投げかけたままで別れている、互いにギクシャクしてしまう。
中に入り荷物をロッカーに入れ、掃除に行こうとした時だった。
「先輩!」
急に大きく呼ばれビクッとする。
「あ、すいません……あの、昨日の話なんですが」
南が出した答えは……
「俺も受けます」
南の目は真っ直ぐだった。
「南……良いのか?不採用なら残れるが、採用されたら今を捨てるんだぞ?」
「僕にはそのダメだった場合の保険がある、ずるいやり方です……でも、先輩がここを出たらきっと新しい雑用が生まれる……見たく無いですよ」
南はポツポツ語り出した。
「大坂先輩だけじゃなく、他のスタッフ間にも序列があります。やはりどこかタガが外れたやり方の店だと思います、店長は見て見ぬふりでお気に入り、つまり利用価値の高い者に目を掛けていきます」
遠くを見ながら南は言った。
「この店は長くない」
翔はアルコバレーノの北見も似た事を言ったのを思い出す。
しかし、翔から見て内部はともかくとして表向きにはバンバン雑誌に取り上げられたりテレビに出たりする店が終わるものだろうか?
「終わりますよ、ハリボテの城です」
賢い南が言うから説得力が増してくる、翔はまだ少し信じられないが自分は離れる準備をしている。
後輩の行方を見守る事にした。
営業はいつも通りに、いつものような空気感で進む。
スタッフの誰もが翔と南の二人が離れようとしている事に気付いていないようだ。
今日は店長が居る、営業はスタッフ任せで事務所に篭りきりだが。
そうしていれば閉店を迎えて翔が先陣を切る時が来た。
思えば最初に拾われた東が欲しかったのは自我が弱い人形だったのだろう。
その人形は自我を持ち人間になった、怖くはなかったし準備もバッチリだった。
コンコン
「東店長、大坂です。お話があります」
「……?なんだ?」
「……俺、ネロを辞めます」




