流れ
——イタリアン「アルコバレーノ」、改装中店舗内にて
「ふふっ落ち着いたね」
店長の北見、見た目は金髪にピアスと完全にイケてるイタリア人だが話せば違和感無く日本人と変わらない。
翔はアルコバレーノの面接に合格した。
形式的な面接では無く、人として見られた時間と結果に泣いてしまう程に嬉しかった。
「しかし、大坂君いや翔君と呼ぼうかな。翔君は良く壊れなかったね〜」
泣きながらこれまでの自分を語り、今未来を見る為に面接に来た所までを語ったのだ。少し恥ずかしさも込み上げてくるが、後悔は無かった。
僅かな時間だが北見は、これまでの誰よりも暖かな人間だったからだ。
「まあ正直、今の時代でまだ虐げる事で楽をしようとする輩は続かないだろうねぇ……見習いと奴隷は違うんだよ」
北見は綺麗な金髪を掻き上げ店を見渡す。
「ここはね、以前父の店だったんだ〜」
「お父さんの?」
「そう、実は父さん東京行って別の店立ち上げてるんだ。ここはお前に任せたって言われたばかりでさ〜」
「す、凄い信頼ですね……」
普通店を丸ごとあげるとかあり得るのだろうか?
ふと、翔の目に額縁が目に入った。
(——全国イタリアン選手権 優勝 北見隼人)
思わず息を呑む。
(え?この人全国大会の賞を獲ってる……?)
翔の目線の先に気付いた北見は笑う。
「ああ、これはちょっと出たら獲れちゃっただけだよ……まあコレきっかけでこの店プレゼントされたんだけどね」
どうやら今まで生きて来た世界とはスケールが違うようだ、翔の目が回る。
「いやぁ翔君みたいな未経験に近い子は初めてだからね〜お互い頑張ろうか!」
「……あ、は、はい!宜しくお願いします!」
「ふふ、宜しく……でもまだ人が集まらないんだよね〜本気の人を採用するのと、働きたいだけの人を採用とは違うからね〜」
翔は一人を思い浮かべた……
「あの……店長……」
「ん?」
「一人、面接してもらう事は出来ますか?」
——翌朝。
翔は夢見心地のままだった。
憧れの店と言う訳でない、まだ世の中に存在すらしてない店なのだから。
だが「アルコバレーノ」と言う虹を意味する店に、新天地が決まった。
その事実がまだ夢のようだった。
「……っと、行かなきゃ」
いくら新天地が決まろうと、現在の職場は「ネロ」だ。
店長の東に話を付けないといけないし、一つやるべき事があった。それは不義理に当たる行為だとは理解しているが、唯一の後輩に伝えたかった。
店の鍵を持ち、ネロに着く。
最近は翔より前に待ち構えている後輩の南。
「後から来いよ……」
「先輩より家近いもんですし、自主的にですから!」
南は有名調理学校の主席卒業の歴がある、入社からすぐに料理を教わり店のホープとして躍進している。
対して翔は未経験の高卒生、特に何も教えてもらえないまま二年が過ぎた小間使いみたいな者。
圧倒的に差がある、なのに南は驕らず翔を先輩として見てくれていた。
(人間性か……)
まだ二十歳の翔だが南の凄さを認めていた。
作業が出来る、料理スキルが高いではなかった。
南の本質は人柄と真っ直ぐさなんだろう。
だから、話したかった。
「南……俺、動くよ」
「……それは、決まったと……?」
「ああ」
二人しかいない朝なのにコソコソしてしまう。
「やったじゃないですか!!」
そして南が騒ぎ出す、まるで自分の事のように喜ぶ。
「先輩、貴方は絶対輝けるんだ!」
「大袈裟な……だが、ありがとう南のおかげでキッカケになった」
翔を喜んでくれる南、彼にもう一つ伝える事がある。
「南、お前もウチで面接受けないか?」
「え?……僕も?」
「勿論強制じゃないし、仕事の事で大切な決断だ、ここネロで学べる事はあるはず。ただ俺のわがままと言うか、お前ならなと思ってな……」
「先輩……少し考えさせて貰っても良いですか……」
「ああ」
その日はお互いにそれ以上話す事なく、閉店を迎えた。東にも退職を話したかったが、今日はグルメ雑誌の取材とやらで居なかった。
今だから分かる、店長の東は営業よりも露出をメインに動いている。それが悪い訳でも無い、店の行く末を考える行動だろう。
そこに期待の大型新人が入り、引き抜こうとする翔をどう思うだろうか。もしかしたら揉める事になるかもしれない、自分が辞めるだけならすぐだろう。
少し気は重いなと息を吐いた。
満月を過ぎ、また半月に向かう月の下。
いつものように、いつものとこでマサムネは座っている。
「ようマサムネ」
軽く挨拶をして隣に座る日々も一ヶ月は経つ、あの日手当した猫とこんなに喋るなんて予想もしなかった。
そもそも喋る猫なんか予想しなかったが。
「……どうやら気分良さそうだな」
マサムネはあくびしながら体勢を変える。
「おかげさまでな、まさか猫に仕事紹介してもらうなんて……世界初だろうな」
「……よくわからんが、納得いくなら良いんじゃないのか」
「そうだな」
翔は持って来たタッパーを開けた。
今日は鳥茹でささみだが、少し量が多い。
翔からの猫へ感謝の気持ちだった。
「なあマサムネ、近くに他の奴らは居るのか?」
「ん?まあ何匹かは居るが……」
「これを後でで良いから分けてやってくれ」
「……甘やかさずとも……わかった」
「お前独り占めすんなよ?」
プイッとソッポを向いてマサムネは目の前のささみに齧り付く。
しかし、これはほぼ毎日やってるが「取引」として翔の話をマサムネが聞くと言う事で開かれている、月夜の下の宴だ。
「マサムネへの餌付けになるのかなぁ……」
「……取引だ」
誤魔化すように呟いたマサムネは、しばらく肉にがっついていた。




