動き出した歯車
——色々あった一日
いつもより遅くなったが、いつもの空き地に着いた。
流石に居ないかもしれないと思っていたが……
空き地の真ん中に虎猫が見え、翔はホッとした。
ゆっくり歩き、虎猫マサムネの横へ座る。
「……どうやら感情が渦巻いてるな、珍しく」
先に話しかけてきたのはマサムネだった。
そして……翔は涙が止まらなかった。
悔しい気持ち、憎い気持ち、諦めた気持ち、救われた気持ち、そしていつも通りにマサムネが迎えてくれた気持ち。
全てが渦巻き自分の中で一つになったら涙が出たのだ。
「……翔、お前の人生、お前が取りに行く覚悟が感じられるな」
感情に機敏な猫には隠せない。
「ああ、吹っ切れたよ。具体的には決まってないがな」
「甘い奴め、だが感情から動き出すのも正解だろう」
「ふっ、今日は色々あってな……聞いてくれるか?長くなるが」
「……先に食い物だ」
翔は笑ってタッパーを出した。
「——ってな感じでよ、独りと思ってたら独りではなかったんだ」
今日あった事を猫相手だが言葉に出す、不思議と感情が整理されて、自分がやるべき事も見えてくる。
話していく内に「ああ、俺はこの感情だったのか」と場面場面で浮かぶ。
「……一つ野良猫の心を教えよう」
珍しくマサムネから教えると言ってくる。
「なんだい?」
「野良猫は全ての環境の中で生か死かが付き纏う、人間みたいに夢だけを土台には出来ん。だからこそ自らの力を高め場所を掴み取る」
「……」
翔は静かに聞いていた。
「翔、人間の夢とやらは夢を想い続けたら叶うのか?耐え凌いだら叶うのか?」
「……いいや」
マサムネが言う事が刺さる、二年前心に夢を持ち社会に飛び出たが、閉じていく世界に留まっていた。
それを想い続ければ、耐え続ければ勝手に道が開ける物だとすり替えた。
周りのせいにしたつもりは無かったが、周りを見て動かなかった部分はある。
「人間の序列の決め方が力だけで無いのは、猫の俺にもわかる」
「猫はどうなんだ?」
「……俺は地域のボスとは呼ばれるが、全て爪と牙で闘った結果だ」
「……命懸けだな」
「それが日常だ、別に不思議に思わんし家猫になりたいとも思わん」
「……マサムネは人間だったとしても昇り詰めれそうだぞ」
「翔が野良猫なら三日で死ぬだろうな」
厳しい評価だが本当にそうなるだろう、余りにも受け身すぎる自分だと笑う。
だが、今日までだ。
夢を見るのも生きていくのも土台を固めないと、遠くに飛べないし危険なだけだ。
少しずつ現実が見えてきた、今気付けて良かったのだろう。
「ありがとうなマサムネ」
「……なんのお礼だ」
「言いたくなっただけさ」
「……なら鰹節をもっとかけてくれ」
柔らかい月の明かりに猫と青年、決意が固まった夜が更けていく……
——翌朝
翔はいつも通りに家を出て、いつも通りに店を開けにいく。
いつも通り一人……でなく、後輩の南が待っていた。
「……?」
「いや、不思議な顔しないで下さいよ!」
「ああ、いやいつも一人だからな……」
「見せて下さい、先輩のやってきた毎日を」
その目は真っ直ぐだった。
「付いてきな」
開錠してセキュリティを止める、電気ガスを通して店を換気してから一晩で落ちた埃を掃除していく。
終われば朝届いていた今日分の野菜類を洗い皮を剥く物は皮を剥き、部位を分ける物は分けて揃え置く。
終わった頃にスタッフが来る時間だ。
「……先輩、毎日こんなに一人でやってたんですか?」
「今日は南君居たから早いな、余裕がある」
「いやいや、タイムカードもまだ打ってないじゃないですか!二時間近く……」
「……まあ、世間的に良くは無いだろうな」
「先輩……」
ざわざわと裏口から声がする。
「うぃーす……あれ?南居るじゃん?」
「あ、どうしたんだ?」
「……いえ、大坂先輩の仕事見てました」
「大坂の?そんな雑用覚えなくて良いって!ほら、飾り切り教えてやっからよ〜」
南が唇を噛んだのが見えた。
怒りを抑えてるのが見れる、自分の為に怒ってくれたのだろう。
「あ!そうか!大坂に任したらクレーム出るかもだからな?南はリスク管理まで考えて偉いな!」
ヘラヘラと昨日の事を引き合いに出して来た先輩スタッフに、南が動き出そうとしたので翔は腕を掴んだ。
南は何故!?と驚きの表情で翔を見る。
翔もまた南を「言わせとけ」と小声で制し、大丈夫だからと目で訴えた。
その日は合間合間で南がよく来る。
その中で「皆、大坂先輩居なくなったら立ち上げも仕込みも出来ないんじゃ」と言う。
さすがに無い……とは言い切れないが、かなり時間も負担もかかるだろう。おそらく先輩スタッフ達は皮剥きのポイントなんかも忘れているかもしれない。
「大丈夫、俺はもう機を待っていない。いつでも跳べるさ」
「先輩……僕もその時は一緒に」
「……野良猫って縄張りを掴み取るらしいぞ」
「へ?」
「ふふ、なんでも無い。ちょっとトモダチに教わっただけさ」
——店裏手室外機の上
「ふわぁ〜あ……翔、誰がトモダチだ」
こっそり聞いていたマサムネは大きくグーっと伸びをして、餌を探しに街へ消えていった。




