悪意と光
——とある日、職場ネロにて
「大坂ぁ!!てめぇ下準備したんじゃねーのか!!」
キッチンスタッフの一人が怒りながら翔を掴み凄む。
「そんな!皮剥きまでは完全に……」
「口答えしてんじゃねぇ!」
ガツっと硬い物が頭に当たる。
発端は一つの付け合わせポテトだった、カットされた断面中心部にうっすら変色が見られたのだ。
皮剥きは確かに翔が朝一に一人で行う、しかしカットは許されていない為に中身まではわからない。
皮剥き後にカットしてスタンバイをする、ここからはキッチンの担当だ。
今回変色に気づかないまま、誰も気付かず提供してからお客さんに言われ発覚した。
翔はそれがなんなのかは分かっていた、「ハートスポット」じゃがいもの澱粉が生育環境により、稀にじゃがいも内部に密集して変色してしまう自然現象。
食べても問題は無いのだが店で出すには見栄えの為、取り除くか、出さない事が多い。
お客さんへ説明がちゃんと出来れば問題は無い事例だが、翔以外のスタッフはハートスポットを知らなかった為、あやふやなクレーム対応で更にお客さんを怒らせた。
……そしてクレームを受けたスタッフの怒りの矛先は翔に向かったのだ。
いくら説明しても聞く耳を持たない先輩、何か面白い事になったなと遠巻きにニヤつく別のスタッフ。
店長の東は雑誌撮影で居なかった。
「テメェが中途半端な準備するから悪いんだろうが!」
「おーい大坂、勘弁してくれよ〜」
似たような事は過去あったが、今回は理不尽を通り過ぎている。
流石に翔も引けない気持ちがあった。
「でも、先輩達の持ち場でチェックは出来たはずです!」
二年黙っていた翔が初めて反論した。
それは火に油を注ぐ結果になった。
「あぁ!?俺達一流のスタッフが悪いってのか?いつまでも見習いのお前よりもか!?」
数発殴られた。
(どうしてこんな目に……!)
「テメェは店の開け閉めと洗い物の雑用くらいしか無いんだから黙っとけや!」
「なんの騒ぎだ」
東がそこに帰ってきた。
「店長!大坂の奴がクレーム出しやがりました」
「なっ!違う!」
「コイツの手抜き作業でお客さん帰りましたぜ」
他スタッフも絡んでくるスタッフの後押しをしている。
「大坂、後で話を聞く。おい、客の情報は得てるのか?」
「へえ、名刺は貰えました」
「ちょっと行ってくる」
東はすぐに出て行って、スタッフ達は持ち場に戻った。
(俺は……!俺は悪く無い!!)
翔はやり場の無い怒りを抑えながらも、自分の顔面を一発殴り俯くしか出来なかった。
——オーダーストップして閉店となり、東からの事情聴取が始まった。
否、結果を知らされただけだった。
「全く値は張ったが店の評価に影響は出ないようにした、中の連中から聞いたがポテトの内部変色を見逃したんだと?」
「あれはカットまでしなきゃわからないハートスポットって言う自然現象で……!」
「そんな事はどうでも良い、面倒だから客への説明は今回全部見習いのお前が見逃した事にした。客には口止め料も払ったし、お前に厳しい注意をしとけとの事だ」
「……は?俺が……全部俺のせいって言うんですか?」
「その方が楽に収まるんだよ、どうせ喧嘩延長したってお前がボコボコにされるだけだ、優しい店長に感謝しろよ?もうこの件は終わりだ、さっさと掃除して帰れよ」
話は終わった、東は「こんな遅い時間まで付き合わせやがって」と吐き捨て店を出て行った。
翔の中の糸は今にも切れそうだった……
(俺が……悪ければ……収まるのか)
渦巻く怒り、人に対する憎悪、心が黒く苦しい。
「大坂先輩」
もう誰も居ないはずだったキッチンの影から一人の男が出てきた。
後輩の南だ、コイツも何か言いに来たのだろうか。
「先輩は間違ってなかった、あの中で原因突き止めていた事……感服します」
頭を下げ真っ直ぐ見てくる。
「南君……もう良いんだ、終わった事だってよ」
全部自分のせいとして処理され、無かったことにされた。それは店の長がそうしたのなら終わりなのだ。
「……僕、先輩を見てきました」
「……え?」
「誰よりも朝早く皆の為の準備して、スポットも当たらない場所で文句言わずに押し付けられて、誰よりも遅く帰る。普通二年も出来る事じゃない!」
「南君……」
「それに合間は全て調理の勉強に当てている、貴方は凄い」
南の目には涙が見える。
何故?何で泣いている?誰に?自分に泣いている?
翔は人から初めての感情を向けられ止まってしまう。
「先輩、貴方は負けちゃいけない。僕は機を見て店を変える決心が付きました、ありがとうございます!」
お礼まで言われたが頭が追いつかない、もう少し勉強しとけば良かったなと思えるぐらいに冷静になってきた。
「……南君、君は未来のエースだろ?」
「僕は金と評判にしか意識が無い店はごめんです、チヤホヤされるんじゃなくて、レベル高い料理がしたくてこの世界に入りました」
「……夢があるんだな」
「先輩も言わないだけであるんでしょ?考えましょう、夢を叶える道を。間違いなくネロのような店では無い!」
翔は電撃が走った、うっすらと思っていた事を少し歳下の後輩に打たれた。
「……そうだな、考えさせてくれ」
「先輩、まだしばらくは僕も居ます。共に見つけましょう」
南は改めて礼を翔に向けて行い店を出て行った。
翔は立ち上がり店の掃除と施錠を済ませて、いつもの空き地に向かった……




