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還る血の仔ら  作者: 邑沢 迅
9日目

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第49話 G

 凍てつくような雪が、灰色の空から絶え間なく舞い落ちていた。


 刺すような冷気が肺の奥まで入り込み、内臓を芯から凍らせていく。

 俺は、彼女との約束を守るため、視界を覆う雪をかき分けるようにして診療所へと向かっていた。


 狂気に満ちたこの村を救うことも、逆にすべてを壊してしまうことも、ひどく臆病で無力な俺にはできなかった。俺が唯一選び取ったのは…彼女との未来だった。


 空はどんよりと薄暗く、雪はさらにその狂暴な強さを増している。

 急がなければ。


 小走りで診療所へと辿り着き、乱暴に扉を開ける。


「はぁっ、はぁっ…」


 暖房の効いた室内に、自身の荒い呼吸が白く濁って溶けていく。


 中には、彼女がいた。

 白衣の胸元に付けられたネームプレートには、いつもの文字が記されている。


『助手:酒井 スミレ』


「スミレさん!」


 叫ぶと、棚の前で何かを整理していたのだろう、手に持っていたファイルをバサリと落とし、彼女はひどく驚いた表情を見せた。そして、すぐにこちらへと駆け寄ってくる。


 じっとりと嫌な汗をかいた俺の顔を覗き込み、スミレさんは胸ポケットからメモ帳を取り出した。


『こんにちは。どうか、しましたか?』


 静まり返った診療所の中に、沈黙が落ちる。


 だが、言わなければならない。


「スミレさん、俺と、結婚してください」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女は大きく目を見開いた。そして、俺が何を言っているのか理解できない、といったような戸惑いの表情を浮かべて固まった。


「俺は、弱い。この村の血の因習を、終わらせたい。でも、村の皆の優しさも守りたい」


 極度の緊張と、拒絶されることへの恐れで、膝がガクガクと笑い始める。

 もし断られたらどうしよう。もし、彼女もまたあの狂った因習の一部であり、俺をただの「血の器」としてしか見ていなかったら、どうしよう。


 全身から嫌な汗が噴き出し、視界がぐらりと歪む。


「だから、俺は、せめて、スミレさんと、一緒に――」


 震える声で言い切る前に。

 ふわりと、やさしい彼女自身の匂いと共に、やわらかな感触が俺を包み込んだ。


 彼女が、俺を強く抱きしめていた。


「スミレ、さん…」


 体を少し離し、見つめ合う。

 彼女の澄んだ瞳には、少しの迷いと、深い戸惑い、そして、それを上回るほどの確かな喜びが見て取れた。


 ゆっくりと彼女の顔が迫り、冷え切っていた俺の唇に、柔らかな熱が重なる。

 激しく求め合うようなものではない、相手の存在を確かめ合うような親愛の口づけだった。


 彼女は穏やかに笑うと、震える俺の手からそっと離れ、メモにペンを走らせた。


『私は、村が好きです。でも、私の気持ちは、変わりません』

「変わらない…?」

『ケイさんに、着いていきます。きっと、あなたがいる場所が、私にとっての村になるから』


 熱いものが、眼球の裏側にこみ上げてくる。


「じゃあ…」


 彼女は少しだけ間をおいて、ためらいがちに、しかし決意を込めた文字を書き記し、そのメモを差し出した。


『あなたの子供が欲しい』


 ドクン、と。心臓が大きく跳ねた。

 それは、狂った因習を繋ぐための『種』としてではない。俺の『血』ではなく、俺という人間自身を必要としてくれている確かな証拠だった。


 それだけで、どうにかなってしまいそうだった。深い緊張と恐怖に沈んでいた俺の心が、強烈な熱を帯びて引き上げられていく。


「行こう」


 俺は彼女の細い手を取り、診療所を出た。


 外へ出ると、降りしきる雪は、先ほどよりもさらに視界を奪うほどに強くなっていた。顔に叩きつけられる雪の冷たさすら、今は心地よい。


「ケイ、遅かったな」


 小島商店にたどり着く頃には、俺もスミレさんも全身が雪まみれになっていた。

 店先には、すでに荷物をまとめたシオンが待っていた。


「はぁっ、はぁっ、すまん…」

「気ぃつけや」


 チャリ…。


 冷たい金属音を立ててシオンが投げ渡してきたのは、小島商店の軽トラックのキーだった。俺の乗ってきたコンパクトカーはノーマルタイヤのままで、この雪道を走行することは不可能だった。


「恩に着る」

「んなもん着んでええわ。ええから、はよ、行け」


 シオンは照れ隠しのように顔を背け、手を振った。俺も、ポケットから自分のコンパクトカーのキーを取り出し、彼へと投げ返す。


「大事にしたってくれ」

「おう」


 スミレさんも、シオンに向かってペコリと深く頭を下げる。シオンは「気にすんな」とぶっきらぼうに返した。


 俺たちは早速、冷え切った軽トラックのシートへ乗り込み、セルを回す。

 古びたエンジンが、頼もしい咆哮を上げた。


 ワイパーが雪を弾き飛ばす。目指すは、この檻を抜ける唯一の道、梔子トンネル。


 そして、その先にある、俺と彼女だけの村の外の世界だ。


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