第50話 F
この村に残ると決めたあとは、すべてがトントン拍子で事が運んだ。
俺がお試しで住んでいたあのこじんまりとした長屋から、曽祖父である浦部シバの立派な家へと移り住むことになったのだ。
俺が正式にこの村へ『還る』ということで、長らく使われておらず荒れていた内装も、職人の手によって綺麗にリフォームされた。いまでは、あの埃っぽく薄暗かった頃の面影はどこにもない。真新しい木の香りと、柔らかな畳の匂いが、静かに家の中を満たしている。
これで、よかったのだ。
◇
「お爺さん、お食事の時間です」
障子越しに、落ち着いた優しい声が響いた。
スミレさんとの間に生まれた、五人の子供たち。彼らは皆、浦部の血を色濃く受け継いでこの世に生を受けた。
「ありがとう」
私が穏やかに応えると、障子が静かに開き、カズラが姿を見せる。
彼の手には、湯気を立てる温かな食事が乗ったお盆が添えられている。
ふと見えたその少しばかり尖った耳は、愛するスミレさん譲りだろうか。そんな彼を見ているだけで、胸の奥にじんわりとした温もりが広がるのを感じる。
私は既に、村長としての椅子をこのカズラに譲り、今はこうして静かな隠居生活を送っていた。
村の子供たちも、今や第四世代。かつて私がそうであったように、村の血を絶やさぬため、再び外の血が必要な時期が来ていた。
「カズラ、例の件はどうですか」
温かいお茶を受け取りながら、私は静かに問いかけた。
「はい、お爺さん。順調です」
カズラは、どこまでも穏やかな笑顔を浮かべて頷いた。
「小島シオンの孫、ミツルへ、既に便りを送っています」
小島シオン。
その響きに、私は思わず目を細めた。とても懐かしい名前だ。
私がこの村に残ると決めた後、彼は姉であるアズサさんを残し、たった一人で村から姿を消したのだ。
だが、決して彼を見捨てたわけではない。その後の動向は、外部の興信所を使い、常に途切れることなく追っていた。
広がり、収束し、また広がる。美しい家系図にも、彼ら一族の名前は忘れずに、大切に書き込まれている。今は遠く四国に移り住み、妻とともに穏やかな余生を過ごしていると聞く。私たちの血と歴史は、外の世界とも確かに繋がっているのだ。
「…お爺さん?」
ふと物思いに耽っていた私を、カズラが心配そうに覗き込んできた。その瞳には、家族を思いやる純粋な優しさが溢れている。
「なんでも、ないですよ」
私は小さく微笑み返す。
「さあ、お爺さん。冷めないうちに」
「そうですね、頂くとしましょうか」
箸を手に取り、カズラと静かに微笑み合う。
縁側からは、ぽかぽかとした穏やかな春の日差しが差し込んでいた。私はその心地よい光の暖かさを肌に感じながら、この上ない幸せに、ただ静かに身を委ねていた。
【END④ 還る血の仔ら】
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価とブックマークで応援お願いします。




