第45話
その紙に書き記されていたのは、おびただしい数の名と、それを繋ぐ線――家系図であった。
一目見ただけで、それがこの村の因習をひと目でわからせるほどの異常な代物であることが理解できた。通常、家系図というものは世代を下るごとに末広がりに広がっていくものだ。だが、目の前にあるこの家系図は違う。広がっては奇妙に収束し、濃い血が交わり、そしてまた僅かに広がる…。まるで、逃げ場のない檻の中で蠢く蟲の軌跡を見せられているかのようだった。
住民たちの、似通った顔立ち。
近交弱勢の果てに行き着いた、子供がいない村の惨状。
これまでシオンが口にしていた言葉の数々が、パチリ、パチリと音を立てて脳内にはまり込んでいく。もはや、このふざけた家系図を悪趣味な創作の類だと一蹴することはできなかった。
喉の奥にこみ上げる生理的な嫌悪感を飲み込みながら、俺は上から順にスマホで写真を撮り、読み解いていった。
電子的なシャッター音だけが、静まり返った部屋に虚しく響く。
連綿と続く、開祖の血。
約五世代ごと、百年に一度だけ、意図的に外部の血が入れられていることも、全て克明に書き記されていた。澱みきった池に、新鮮な水を一滴だけ垂らすような、おぞましい血の管理の痕跡。
そして、その血脈の末尾には、俺がこの村へと来た元凶――。
『浦部 柴』
曽祖父の名が刻まれていた。
指先が微かに震えるのを感じながら、ゆっくりとその線の先を追う。
『浦部 藤』
祖母である。俺の血筋である「浦部」という姓は、祖母のものだったのだと、ここに来て初めて分かった。
『浦部 幹久』
そして、その横には、祖父の名が記されている。
…だが、祖母の藤には、それとは別の線が不自然に引かれていた。
視線を引きずられるようにその先を追うと、そこには。
『細見 芳』
(細見…細見……?トウジさんと同じ苗字…やんけ…)
じっとりと冷たい汗が背筋を伝い落ちるのを感じた、その瞬間。
「そう、私はあなたの叔父です」
「っ…!?」
完全に意識外から発せられた声に、心臓が跳ね上がった。
脊髄反射的に声のした方向へ視線を送る。
そこには、居るはずがない人物が、静かに立っていた。
「と、トウジさん…」
掠れた声が口からこぼれ落ちる。
「あなたのお母様…ナズナさんとは異父兄弟、ということになるでしょうか」
ねっとりとした沈黙が、重く部屋を満たした。
俺の隠されたルーツが明かされたこと、そして、決して見つかってはならない状況で見つかってしまったという事実が脳内で綯い交ぜになり、二の句が継げない。
頭の中が真っ白になり、語彙がボロボロとこぼれ落ちていく。全身の血液が急速に冷え切っていくような感覚に陥った。
「盗み見る、なんてことをせずに、直接仰って頂ければよかったのに」
トウジさんは両手を軽く広げ、その表情はいつものように穏やかだった。しかし、彼のその優しく丁寧な口調が、今は氷のように酷く冷たく感じる。まるで、蜘蛛の巣に掛かった獲物を眺めるような、静かで狂気じみた慈愛。
入口から、音も立てず、ゆっくりとした歩みで俺に近づいてくる。
デスクを挟み、対峙する。俺は反射的に後ずさり身構えたが、背中はすぐに冷たい本棚にぶつかった。
「さあ、私のことは気にせず、続きを追ってみてください」
咎めることもなく、ただ静かに催促する彼。
逆らうことなどできる空気ではなかった。俺は恐る恐る視線を下げ、再び家系図へと戻る。
彼の言う通り、幹久と藤の下には、母である「薺」の名があった。
そして、その下には。
『浦部 桂』――俺の名があった。
なぜ、村の外で生まれ、村の外で育った俺の名前が、この忌まわしい血の系譜に組み込まれているのか。
まさか。
脳裏に、一つの、絶対に考えたくなかった事実が浮かび上がる。じわじわと、足元から黒い泥濘に引きずり込まれるような深い疑念。
がば、と顔を上げ、俺はトウジさんを見据えた。
「さすが、ケイさんですね。そのとおりですよ」
冬だというのに、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出し、止まらない。下着が肌にべったりとへばりつき、不快な冷たさを放っている。
たどり着いてしまった真実。だが、それを口にしたくなかった。
口にしてしまえば、初めから自分がこの狂った盤上の駒であったことを認めてしまいそうだったから。
肺が浅く痙攣し、呼吸が上手くできない。
乾ききった眼球は、瞬きすら忘れて目の前の男を捉えていた。
「あなたは、この村へ、来るべくして、来たのです」
トウジさんの表情は、どこまでもいつも通りだった。
歓喜も、悪意すらもない。ただそこに在る当たり前の事実を伝えるような口ぶりが、俺の理性を黒く塗り潰そうとしていた。




