第41話
長屋の引き戸の前に立ち、俺はタバコに火をつけた。
空はどんよりとしており、細かな雪が、風に煽られて不規則に舞っている。
かじかむ指先で、ズボンのポケットからスマホを取り出す。
『12月7日 10:19 圏外』
(寒…まだか…)
約束の時間は、とうに過ぎている…が、遠く、村の中心部へと続く雪道の向こうから、エンジンの唸り声が聞こえてきた。雪を跳ね飛ばし、軽快に坂を登ってくる白の軽トラック。
そのボディに書かれた『小島商店』の文字。。
長屋の前でブレーキが鳴り、シオンが運転席から勢いよく降りてくる。
「…遅なった。すまん」
シオンは周囲を警戒するように一度視線を走らせると、ゆっくりと俺の隣へと歩み寄る。
その瞳には、昨日見せた狼狽の色は無かった。
「…どうやった」
「明日や。明日の午後、あのおっさんは半日ほど、この村を空ける」
シオンはポケットからタバコを取り出そうとして、思い出したように手を止めた。
「梔子トンネルの補修工事の協議やと。役場の連中も数人、隣町の役場まで同行するらしい。…ご苦労様やでほんま」
村を外界から切り離し、俺をこの檻に閉じ込めたあのトンネル。
その補修が、今度は皮肉にも、檻の主を外へと誘い出す「餌」になったというのか。
「村長執務室にある、あの箱。その中身を拝めるチャンスは、そうそうない。千載一遇のチャンスやで」
「箱…か」
昨日シオンが言っていた、執務室に秘匿された、古びた箱。
「執務室に入るのは、お前の役目や。中に残っとる職員どもの足止めは僕がやる。…細かい手筈は明日の朝や。僕はまだ、集配が残っとるから」
シオンはそう言い残すと、颯爽と軽トラに乗り込んだ。排気ガスの臭いだけを残して、白い影は再び坂を下っていく。
静寂が、以前よりも重く、俺の肩にのしかかってきた。
明日の午後まで、丸一日、時間が空いてしまった。
(今から、どうしよかな…)
このまま部屋に籠もって、あの手記の続きを解読するべきか。
それとも、もう一度、この村を見て回ろうか。
俺は消えかかったタバコを携帯灰皿に押し込んだ。
空からは、世界のすべてを塗りつぶそうとするかのように、さらに濃い雪が降り始めていた。




