第36話
お籠り、そしてあの静けさに満ちた直会が終わり、空木神社を出た俺は、シオンに会いに小島商店へ行ってみたが、あいにく店は閉まっていた。
昨日、彼と話した村外れの場所へも足を運んだが、やはりそこにも姿は居なかった。
(まつりの後やしな…あいつも色々あるんかもな)
諦めて家路につく。
冷え切った長屋の扉を開け、薄暗い部屋に入る。
ふと視線をやると、シンクの端に積まれた、数箱のタバコが目に留まった。フィルムを乱暴に剥き、一本を口に咥えて火をつける。
咥えタバコのまま、ノートPCの下になんとなく隠していた例の手記…『梔子沈黙律』を手に取る。
美しく穏やかなこの村の裏に隠された、静かなる狂気。そのすべてが、この掠れた文字の手記に収まっている。…一体、破られたページには何が書いてあったのだろうか。
俺はPCを開き、これまでに目撃した、体験したすべての「事実」をドキュメントへと打ち込んでいった。キーボードを叩く硬い音だけが、狭い部屋に響く。
―――――
四百年に渡って血を綯う村。
ここの住人は皆、この『梔子沈黙律』に書かれた教えを絶対として信仰し、近親交配を常識として受け入れている。
それにより、村人たちは一様に同じ身体的特徴を持つに至った。
不自然なほどによく似た顔の造形。
子供のように一様に低い身長。
そして、この村に子供が一人も居ないという事実。
これは近親婚が繰り返されたことにより、遺伝的な多様性が完全に失われた結果だろう。
近親婚は、現代人の価値観であれば絶対に許されないタブーだ。法律でも三親等以内での婚姻は明確に禁止されている。
現にこの村では、シオンや、カエデさん、そしてスミレさんなど、二十代中頃以降の若い世代が一人も生まれていない。とうに限界を迎えているのだ。
だが、村の教えは、こうなること――すなわち遺伝的な多様性が失われ、血が枯れ果てるリスクを最初から予測しているのだ。
そこで必要になるのが、定期的に外部から招き入れる『外の血』だ。
彼らは近交弱勢という生物学的な致命傷を完全に理解した上で、この歪な狂気を成り立たせている。
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伸び切ったタバコの灰を、灰皿へと叩き落とし、揉み消した。
喉に張り付くような煙を吐き出し、何本目かのタバコに再び火を付ける。取り憑かれたように、指先を動かして画面に言葉を打ち込んでいく。
―――――
なぜ、そこまでしてそんなことが行われているのか。その答えこそが、おちょぼ様信仰であり、この『梔子沈黙律』にある。
世間一般で言われる『三猿の教え』を、この村なりに曲解したものだ。
見ざる、聞かざる、言わざる。それらの身体的特徴を先天的に持って生まれた者は、『三戒』と呼ばれ、何者にも代えがたいほどに神聖で、尊い存在であるという教え。
そして、本人らもそれを不条理と意に解することもなく、あくまで自然に、おだやかに暮らしている。
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(ここだけ見ると、差別も区別もない。人類が目指すべき、在るべき姿やねんけどな…)
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だが、その裏にある本質は別だ。
この狂信的な教え、悍ましい『血の蒸留』によって、彼らは一体何を生み出そうとしているのか。あるいは何を成そうとしているのか。
いや、あるいは、その本来の目的すらもとっくに形骸化し、今はただ「信仰」というシステムだけが残っているに過ぎないのかもしれない。
―――――
画面を見つめ、そこまで打ち込んだところで、俺の指がピタリと止まった。
(いや…それは《《ちゃう》》)
形骸化しているとは、とても言えない。
俺は、明確に『俺』として、狙い澄まされてこの村におびき寄せられたんだ。
ただの通りすがりの種ではない。もっと根深い、何かがある。
「確かめんと…」
ふと画面から目を移して外を見ると、山の日暮れは早く、窓の向こうはもう完全な闇に包まれていた。
とにかく、今は風呂に入り、眠ろう。
疲れ切った身体を休めなければ。




