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還る血の仔ら  作者: 邑沢 迅
7日目

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第29話

「シオン…」

「なんやねん、その阿呆みたいに満足そうな顔」


 シオンは俺の顔を見るなり、忌々しげに吐き捨てるように言った。

 おまつりを前にして、厳かで温かい空気に包まれているこの村において、やはりこの男だけが異質だった。同じなのは、その『顔の造形』くらいなものだ。


「だから言うたやろ。気をつけろて」

「…」

「んで、その後の調子はどうですか?」


 シオンはわざとらしく、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて聞いてくる。俺は村民の皆の温もりを、優しさを思い出しながら、言い返すように口を開いた。


「みんな、優しくてええとこや。俺みたいな余所者にも、嫌な顔一つせえへん。このまま、この村に移住してもええとすら――」

「ケイ」


 低く、地を這うような鋭い声が、俺の言葉を遮った。

 シオンの双眸が、冷徹に俺を射抜いている。


「な、なんやねん」

「自分、『梔子沈黙律』ちゃんと見たんか」

「あ、ああ。最後のほうは一部、破られとったけど、読めるところは見たで」

「じゃあ、村民の顔が全員同じ理由は? 子供の姿がおらへん理由は?」

「それは…」


 敢えて、頭の片隅に追いやっていたもの。

 シオンによって引きずり出され、俺は思わず言葉に詰まってしまった。


「『血をう』」


 シオンが呟いたその奇妙な言葉に、心臓が冷たく跳ねた。


「…え?」

「この村はな、400年の間、ずーっと身内だけで『血を綯う』とんのや」

「それは…どういう…『綯う』って、確か、糸を撚り合わせる…」


 シオンは俺から視線を外すと、目の前に広がる、すべてを拒絶するような深い森へ向かって、ぽつりと口を開いた。


「その蕩けた頭でよう考えろや。一応、文字売って金稼いどるライターなんやろ」


 シオンは俺に背を向けたまま、森の方向へと歩き出す。ポケットからタバコを取り出し、無造作に火をつけて煙を吐き出した。

 そして、俺の脳内は、彼の投げつけてきた言葉の破片を必死に繋ぎ合わせようと、急速に回転を始めていた。


 村民の顔が狂気的に酷似している。

 遺伝子の極端な画一化?


 村に子供の姿がない。

 子供ができないのか、それとも、生まれても育たないのか。


 そして、『綯う』という言葉。

 そのまま読み解けば、紐や糸を撚り合わせる…。


 知識の引き出しから、ある悍ましい生物学的な単語が、最悪の形をして飛び出してきた。


近交弱勢きんこうじゃくせい。遺伝的な脆弱性の蓄積…。この村がやっとることは…」

「つまり?」


 シオンが振り返らずに促す。


「近親交配」

「ビンゴ」


 シオンはおどけたように俺へと振り返り、親指と人差し指で銃の形を作って俺を指した。その軽いノリが、余計に恐ろしかった。

 つまり、この梔子村は、400年もの間、外界をシャットアウトして身内の中だけで交配を繰り返し、出来上がった集団なのだ。


「規模のでかいハプスブルク家、って奴やな。僕等は基本的にいとこ同士で結婚する。それがこの村の決まりや。誰も村から出んし、外の世界を知らんから、その異常さに疑問すら抱いてへん」


 シオンは自嘲気味に笑い、タバコの灰を純白の雪の上へと落とした。


「そうやって血を濃くしながら、沈黙律の教えを純粋に守り続けてきた。んで、今、その結晶として『三戒』の性質を持った3人が一同に介しとる。過去の歴史でも、こんな『奇跡』はほとんどなかったらしいわ。スミレちゃんのあの尖った耳、見たやろ? あれもジジババ共が大盛り上がっとる理由の一つや。開祖の『しるし』や言うてな」


 頭がクラクラした。

 イツキさんも、アヤメさんも、そして、スミレさんも。その身体的特徴が「おぞましい近親交配の果ての結果」だったというのか。あの純粋な優しさの背景にある、血の深淵。


「…でも、せやったら、なんで俺みたいな余所者を歓迎するんや」

「そのままやと絶滅してまうからに決まっとるやろ。100年に一度、限界を迎えた血に、外の新鮮な血を入れる。それがこの村の決まりや」


 シオンはタバコを地面に投げ捨て、靴の裏で踏みにじりながら、冷酷に告げた。


「それが、お前や。ケイ。…お前がなんで選ばれたんか、トウジのおっさんが何考えて動いとるんかは僕も知らん。けどな、お前はあいつらにとって、ただの『血を薄めるための種』なんや」


 めまいがした。視界が激しく揺れる。

 だが、その底知れない恐怖の淵で、俺の冷めた一部分が、目の前の男の『致命的な矛盾』を捉えていた。


「…じゃあ、お前はなんなんや。なんでそこまで知っとって、ここにおるんや」


 俺は震える声を振り絞り、シオンの背中に投げつけた。


「そこまで全部知っとって、なんでお前はこの村に戻ってきた? 外の世界を知っとるんやろ。この村が狂っとるって分かっとるんやろ。やったら、なんでわざわざ自分から戻ってきたんや」


 俺は震える声を振り絞り、シオンの背中に問いを投げつけた。

 シオンは足を止め、また俺に背を向ける。胸のポケットから再度、タバコを取り出して火を付ける。チリチリと爆ぜる微かな音が、妙に大きく聞こえた。


「見届けに、来たんや」


 その表情は読み取れない。


「え…」

「この濃厚で、濁りきった血が、腐り落ちる瞬間を。血を綯い続けたツケは、もうすぐそこまで来とる。今、『三戒』が一同に介しとるのが『奇跡』やとジジババ共は喜んどるが、逆や。これは、この村の遺伝子が完全にぶっ壊れる前の『前兆』や。この灯火が消えて、村が――呪われた血が、絶える瞬間を、僕はこの目で見たい。それだけや」


 吐き出された白い紫煙が、しんしんと降る雪の向こうへと虚しく消えていく。


 こいつの言葉にあるのは、単純な復讐心なのか。それとも、この男もまた、この村の血に狂わされた狂人なのか。俺にはもう、判別がつかなかった。


「ほら、行きや。村役場でトウジのおっさんが待っとるんやろ」


 シオンはそれだけ言い残すと、煙とともに俺の前から歩き去り、深い森の境界線へと消えていった。


 静寂が、再び俺を包み込む。

 

 一人残された俺は…


 A: 狂った村から一刻も早く逃げたかった→

https://ncode.syosetu.com/n8123mg/30/


 B: 足を引きずり、村役場へと向かった→

https://ncode.syosetu.com/n8123mg/32/

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