第29話
「シオン…」
「なんやねん、その阿呆みたいに満足そうな顔」
シオンは俺の顔を見るなり、忌々しげに吐き捨てるように言った。
おまつりを前にして、厳かで温かい空気に包まれているこの村において、やはりこの男だけが異質だった。同じなのは、その『顔の造形』くらいなものだ。
「だから言うたやろ。気をつけろて」
「…」
「んで、その後の調子はどうですか?」
シオンはわざとらしく、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて聞いてくる。俺は村民の皆の温もりを、優しさを思い出しながら、言い返すように口を開いた。
「みんな、優しくてええとこや。俺みたいな余所者にも、嫌な顔一つせえへん。このまま、この村に移住してもええとすら――」
「ケイ」
低く、地を這うような鋭い声が、俺の言葉を遮った。
シオンの双眸が、冷徹に俺を射抜いている。
「な、なんやねん」
「自分、『梔子沈黙律』ちゃんと見たんか」
「あ、ああ。最後のほうは一部、破られとったけど、読めるところは見たで」
「じゃあ、村民の顔が全員同じ理由は? 子供の姿がおらへん理由は?」
「それは…」
敢えて、頭の片隅に追いやっていたもの。
シオンによって引きずり出され、俺は思わず言葉に詰まってしまった。
「『血を綯う』」
シオンが呟いたその奇妙な言葉に、心臓が冷たく跳ねた。
「…え?」
「この村はな、400年の間、ずーっと身内だけで『血を綯う』とんのや」
「それは…どういう…『綯う』って、確か、糸を撚り合わせる…」
シオンは俺から視線を外すと、目の前に広がる、すべてを拒絶するような深い森へ向かって、ぽつりと口を開いた。
「その蕩けた頭でよう考えろや。一応、文字売って金稼いどるライターなんやろ」
シオンは俺に背を向けたまま、森の方向へと歩き出す。ポケットからタバコを取り出し、無造作に火をつけて煙を吐き出した。
そして、俺の脳内は、彼の投げつけてきた言葉の破片を必死に繋ぎ合わせようと、急速に回転を始めていた。
村民の顔が狂気的に酷似している。
遺伝子の極端な画一化?
村に子供の姿がない。
子供ができないのか、それとも、生まれても育たないのか。
そして、『綯う』という言葉。
そのまま読み解けば、紐や糸を撚り合わせる…。
知識の引き出しから、ある悍ましい生物学的な単語が、最悪の形をして飛び出してきた。
「近交弱勢。遺伝的な脆弱性の蓄積…。この村がやっとることは…」
「つまり?」
シオンが振り返らずに促す。
「近親交配」
「ビンゴ」
シオンはおどけたように俺へと振り返り、親指と人差し指で銃の形を作って俺を指した。その軽いノリが、余計に恐ろしかった。
つまり、この梔子村は、400年もの間、外界をシャットアウトして身内の中だけで交配を繰り返し、出来上がった集団なのだ。
「規模のでかいハプスブルク家、って奴やな。僕等は基本的にいとこ同士で結婚する。それがこの村の決まりや。誰も村から出んし、外の世界を知らんから、その異常さに疑問すら抱いてへん」
シオンは自嘲気味に笑い、タバコの灰を純白の雪の上へと落とした。
「そうやって血を濃くしながら、沈黙律の教えを純粋に守り続けてきた。んで、今、その結晶として『三戒』の性質を持った3人が一同に介しとる。過去の歴史でも、こんな『奇跡』はほとんどなかったらしいわ。スミレちゃんのあの尖った耳、見たやろ? あれもジジババ共が大盛り上がっとる理由の一つや。開祖の『徴』や言うてな」
頭がクラクラした。
イツキさんも、アヤメさんも、そして、スミレさんも。その身体的特徴が「おぞましい近親交配の果ての結果」だったというのか。あの純粋な優しさの背景にある、血の深淵。
「…でも、せやったら、なんで俺みたいな余所者を歓迎するんや」
「そのままやと絶滅してまうからに決まっとるやろ。100年に一度、限界を迎えた血に、外の新鮮な血を入れる。それがこの村の決まりや」
シオンはタバコを地面に投げ捨て、靴の裏で踏みにじりながら、冷酷に告げた。
「それが、お前や。ケイ。…お前がなんで選ばれたんか、トウジのおっさんが何考えて動いとるんかは僕も知らん。けどな、お前はあいつらにとって、ただの『血を薄めるための種』なんや」
めまいがした。視界が激しく揺れる。
だが、その底知れない恐怖の淵で、俺の冷めた一部分が、目の前の男の『致命的な矛盾』を捉えていた。
「…じゃあ、お前はなんなんや。なんでそこまで知っとって、ここにおるんや」
俺は震える声を振り絞り、シオンの背中に投げつけた。
「そこまで全部知っとって、なんでお前はこの村に戻ってきた? 外の世界を知っとるんやろ。この村が狂っとるって分かっとるんやろ。やったら、なんでわざわざ自分から戻ってきたんや」
俺は震える声を振り絞り、シオンの背中に問いを投げつけた。
シオンは足を止め、また俺に背を向ける。胸のポケットから再度、タバコを取り出して火を付ける。チリチリと爆ぜる微かな音が、妙に大きく聞こえた。
「見届けに、来たんや」
その表情は読み取れない。
「え…」
「この濃厚で、濁りきった血が、腐り落ちる瞬間を。血を綯い続けたツケは、もうすぐそこまで来とる。今、『三戒』が一同に介しとるのが『奇跡』やとジジババ共は喜んどるが、逆や。これは、この村の遺伝子が完全にぶっ壊れる前の『前兆』や。この灯火が消えて、村が――呪われた血が、絶える瞬間を、僕はこの目で見たい。それだけや」
吐き出された白い紫煙が、しんしんと降る雪の向こうへと虚しく消えていく。
こいつの言葉にあるのは、単純な復讐心なのか。それとも、この男もまた、この村の血に狂わされた狂人なのか。俺にはもう、判別がつかなかった。
「ほら、行きや。村役場でトウジのおっさんが待っとるんやろ」
シオンはそれだけ言い残すと、煙とともに俺の前から歩き去り、深い森の境界線へと消えていった。
静寂が、再び俺を包み込む。
一人残された俺は…
A: 狂った村から一刻も早く逃げたかった→
https://ncode.syosetu.com/n8123mg/30/
B: 足を引きずり、村役場へと向かった→
https://ncode.syosetu.com/n8123mg/32/




