第28話
『12月4日 08:27 圏外』
ついに、まつりの当日を迎えた。
本番は夜からだが、夕方には事前に村役場へ来てほしいと、村長であるトウジさんから言われている。
(夕方まで、まだだいぶ時間あるな。それまでどうしよか)
長屋の格子窓から外を覗き込む。昨日から降り続いていた雪は、今もなお、しんしんと深く降り積もっていた。うず高く積み上がった白一色の景色を見つめながら、俺はゆっくりと一階へと降りていった。
エアコンの電源を点ける。トイレを済ませ、洗面所で凍るような冷水に顔を浸して眠気を払う。キッチンで水道の蛇口をひねり、澄んだ水を一杯、乾いた喉に流し込む。
やかんに水を入れ、コンロの火にかける。青い炎を見つめながら、お湯が沸くまでの間にコーヒーのドリップバッグをセットした。
お湯が沸き、細い水流を注ぐと、香ばしく深みのあるコーヒーの匂いが立ち込める。マグカップを手に取り、換気扇の下ではなく、窓辺に腰掛けて一口すする。温かい液体が五臓六腑にしみわたるのを感じながら、俺は一息ついた。
(せや、今日は夕方まで村をゆっくり見て回ろ。…ここは俺の第二の故郷になるかもしれん村やしな)
取材対象ではなく、この村に骨を埋める一人の人間として、他の村民の皆ともっと親交を深めるのも悪くない。そんな前向きな、温かい期待を胸に、俺は厚手の防寒着をしっかりと羽織り、長屋の引き戸を開けて外へと足を踏み出した。
◇
一歩外へ出ると、村は「静かな活気」とでも言うべき独特な熱に満ちていた。
新雪を踏みしめるキュッ、キュッという小気味よい足音だけが、冬の静寂の中に響き渡る。
俺が生まれ育った街のような、賑やかなお祭りの雰囲気とは、まるで違っていた。喧騒、威勢のいい太鼓の音や子供たちの歓声といったものは一切ない。どこか張り詰めた、厳かで神聖な空気。それなのに、すれ違う村民たちの顔は一様に、誇りと内なる喜びに満ちあふれているのだ。
「あ、ケイさん。こんにちは。今日はよろしくおねがいしますね」
通りがかった中年の女性が、道端で足を止め、丁寧にお辞儀をして微笑みかけてくれた。
「今年も無事にこの日を迎えられました。新しい仲間を迎えてのまつりですから、おちょぼ様もきっとお喜びになりますよ」
軒先の雪かきをしていた年配の男性も、スコップを握る手を止めて優しく目を細める。さらに村道の奥へと歩いていくと、空木神社の直会で甲斐甲斐しく給仕をしてくれていた年配の女性にも出くわした。
「あら、ケイさんも参加されると聞きましたよ。今夜はよいお籠りになるとよいですね」
「はい、そうですね」
すれ違う人が皆、他所者であるはずの俺に気さくに、まるでずっと昔からそこにいた家族のような温かさで声を掛けてくれる。
昨日までは、その「誰もが親切すぎる世界」に対して、卑屈な猜疑心を抱くこともあった。だが、今の俺の胸を占めているのは、ただ純粋な心地よさだけだった。
キンと冷えた冬の空気が、都会で擦り切れ、疲れ切っていた俺の心を穏やかに落ち着かせてくれている。
空からとめどなく降りしきる雪さえも、優しく輝く幻想的な結晶に見えていた。
自分を肯定してくれる場所にいるという安心感に浸りながら、なんとなく足を動かしているうちに、初めて通る道へと迷い込んでいた。
村の西側の外れ。民家は途絶え、もう目の前には深い冬の森が迫っている。
その境界線のような寂しい場所に、一人の男がぽつんと立っていた。
雪の中に立ち尽くし、冷え切った曇り空をただ見上げている。
「よう。自分もまつり参加するんやってな」
こちらに気づき、低く投げやりな声をかけてきたのは――シオンだった。




