第27話
公民館を出て、長屋へと戻る道すがら、俺の足取りは心境と比例して驚くほど軽かった。
視界を埋め尽くす雪景色は相変わらず冷たいはずなのに、今の俺には、世界がどこか優しく、穏やかなものに塗り替えられたかのように見えていた。
(シオンのとこ、行くつもりやったけど…)
長屋の引き戸を開け、冷え切った室内に戻ったところで、ふと今朝の自分の動揺を思い出す。だが、ポケットからスマホを取り出し、そのディスプレイを見つめても、もう今朝のようなおぞましさは微塵も湧いてこなかった。
「…もう、どうでもええな」
画面をロックし、机の上に放り出す。
シオンのところへ行って、この画面を見せて、一体何になるというのだ。「よく考えろ」「気をつけろ」と、またあの冷めた声で警告されるだけだろう。
擦り切れ、疲れ切っていた俺の魂を救ってくれたのは、イツキさんと、スミレさん、そしてアヤメさんの優しさに他ならない。間違いなく、この村の教えが育んだものだ。
たとえ彼らの顔がどれほど似通っていようが、どれほど奇妙なルーツを持っていようが、他者を傷つけるナイフを持たない彼らの方が、あの地獄のような場所よりも何倍も気高く、先進的ではないか。
(シオンは、この村の優しさに馴染めへんかっただけや。だから、偏見の目で村を呪っとるだけなんや)
自分を納得させるようにそう結論づけると、彼に会いに行くための気力は、跡形もなく消え失せていた。
今さらあいつの歪んだ被害妄想を聴いて、このせっかく手に入れた「心地よい静寂」を汚されたくなかった。
キッチンの片隅にいくつか乱雑に積んでいたタバコに手を伸ばすが、なんとなく、そのまま手を引いた。
禁煙なんて一生できないとすら思っていた。だが、不思議と吸いたい欲求すら湧かない。この村の澄んだ空気が、俺の体から都会の毒をぐんぐんと吸い出してくれているかのような、全能感すらあった。
「明日は、いよいよおまつり、――『三戒のお籠り』か」
イツキさん、スミレさん、アヤメさん。
皆のお籠りを、俺もこの村の住民の一人として、見守ることになる。
今朝までの不気味な疑念はどこへやら、胸に満ちているのは、わずかな緊張感と、それを上回る穏やかな期待だった。




