第25話
『12月3日 08:29 圏外』
スマホのディスプレイが、今日の日付と変わらない孤立を告げている。
今日は、村長であるトウジさんの娘――アヤメさんの手伝いをする約束になっていた。
格子窓から外を見ると、幸いにも雪は止んでいた。だが、昨日から降り積もった雪は周囲のすべてを覆い尽くしたままで、見渡す限りどこまでも白く染め上げられている。
一階へと降り、エアコンの電源を点ける。すぐに力強い温風が部屋を満たし始めた。トイレを済ませ、洗面所で冷水に顔を浸し、キッチンで水を一杯飲む。毎朝のルーティーンだ。
やかんに水を入れ、コンロの火にかける。お湯が沸くまでの間にコーヒーのドリップバッグをセットし、換気扇の下でタバコに火をつけた。
チリチリと先端が爆ぜる。長屋に来た初日に開封したボックスから引き抜いた一本。それが、最後の残りだった。空になった箱を握りつぶし、灰皿の横に放る。
(この村には、タバコの煙はあんまり似合わんなぁ。買い置きが無くなったら、いっそこれを機に禁煙してみてもええかもな)
そんな前向きな思考が自然と浮かぶくらいには、俺の心は村の優しさに救われ始めていた。
お湯が沸き、湯を注ぐとコーヒーの香ばしい匂いが立ち込める。
手持ち無沙汰になり、何気なくポケットからスマホを取り出してロックを解除した。もちろん圏外なのだから、SNSの新着通知が届くわけもないし、ネットニュースをチェックすることもできない。分かってはいるのだが、長年染み付いた都会での癖というのはなかなか抜けないものだ。
仕方なく、ローカルだけで完結するアルバムアプリを開き、過去の写真を適当にスクロールしてみる。ディスプレイに、懐かしい景色がいくつか流れていった。
(あ、これ…数年前に実家の犬、クロを撮ったやつや。元気しとうかなぁ…)
画面の中で、こちらに嬉しそうな笑顔を向ける黒い毛並みの雑種犬を眺め、ふと思う。今のスマホのアルバムには、AIによる自動グルーピング機能がついている。犬の写真も、自動的に判別されて「クロ」のフォルダにまとまっていたはずだ。
何気ない気持ちで、人物ごとのフォルダを開いた。
それを目にした瞬間、指先が凍りついた。
(…あれ?)
画面のトップに表示された「同一人物の可能性がある写真」のグループ。そこに、老若男女を問わず、この村のあらゆる村民の顔写真が押し込められていた。
(いや、待て。いくらなんでもそれはないやろ。確かにみんなよう似とうけど…AIにまで同一人物判定されとるんか…?)
何かのエラーだと思いたかったが、生き物としての本能的な疑念が湧く。俺はすぐに画像編集アプリを立ち上げ、村民たちの顔写真をいくつかピックアップし、透過させて慎重に重ね合わせていった。
――ピタリと、重なった。
加齢によるシワの違い、男女による骨格の肉付きの差。それらを差し引けば、目、耳、鼻、口といったパーツの「配置」や「根本的な形」が、薄気味悪いほど正確に一致しているのだ。まるで、一つの同じ型からくり抜いて作った人形たちに、それぞれ違う年齢のメイクを施したかのように。
(嘘やろ…。この親切で、穏やかな村民たちのルーツは…一体なんなんや…?)
昨日まで感じていた「差別も偏見もない、先進的な多様性の村」という感動が、足元から音を立てて崩落していく。これでは全くの無個性ではないか。
咥えたタバコの灰が、自分の指に落ちてしまいそうなほどに、長く、長く伸びていた。唇に熱を感じて、慌てて灰皿でもみ消す。
この恐ろしい均一性の事実を、村長であるトウジさんや、空木神社のリンドウさんに直接ぶつけてみるか?
いや、できるわけがない。「あなた達、皆同じ顔をしていて不気味ですね」なんて失礼なこと、あの優しい人たちに聞けるはずがなかった。それに――。
『よう考えや』
脳裏の奥底から、シオンのあの冷ややかな警告が、今度ははっきりとした形を持って呼び起される。
彼なら、この異常な現象の理由を知っているのだろうか。あの冷めた態度の彼になら、この現実をフラットに相談できるかもしれない。
(せや…まずは、シオンに聞いてみよ。それがええ)
胸の奥で早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように、淹れたてのコーヒーを一口すする。
スマホをポケットの奥深くへ、疑念と共に押し戻す。なんにせよ、まずはアヤメさんの手伝いだ。




