第23話
ガチャリ、と静かに会議室のドアが開いた。
「どうでしょう?進んでいますか?」
トウジさんだ。
スミレさんはトウジさんの方を振り返ると、にこりと柔らかな笑顔を浮かべ、パック詰めした梔子の葉がこんもりと詰まった段ボールを見せ、作業が滞りなく完了したことを伝えた。
「すばらしい、ありがとうございます。では、これは私の方でお預かりしますね」
「あ、トウジさん」
段ボールを引き取ろうとする彼を見て、俺の胸の中にちょっとだけ引っかかっていた疑問が口をついた。
「はい?なんでしょう」
トウジさんは段ボールを持ち上げる手を止め、不思議そうにこちらを見た。
「なぜ、スミレさんがこの作業を…?あ、いや、彼女に面倒な用事を押し付けとるとか、そういう変な意味で言っとるわけやなくて」
「ああ、そういうことですか」
トウジさんは持ち上げた段ボールを一度長机へと置き直し、丁寧に説明してくれた。
「それは、お籠りをする当人が行うしきたりなのですよ。今回で言うと、スミレさんは『言の戒』、即ち『言わぬ者』としてお籠りに臨みます。ですから、その象徴である梔子の葉の準備を、彼女自身にお願いしていた訳です」
「となると…」
「はい、ご想像の通りです。『視の戒』…見ぬもの、『聴の戒』…聞かぬものにも、それぞれ役割と、準備がありますよ」
スミレさんに視線をやると、彼女はショートカットの髪を小さく揺らして、トウジさんの言葉に肯定の意志を見せてくれた。
その拍子に、彼女の少し尖った耳の形が目に入った。それは明らかに歪で、人間のものとは思えない異形さをはっきりと主張していた。
(柔道やレスリングの選手かて、ひっくり返っとるがな。個人の身体的特徴を異形て…馬鹿らしい。偏見も大概にせえよ)
都合の悪い違和感から逃げるように、一度視線を足元に落とす。軽く咳払いをひとつして、声と表情に出ないよう、調整してから顔を上げた。
「なるほど…そしたら、見ぬものは、イツキさん、かな。で、聞かぬものは――」
「はい。私の娘のアヤメです」
トウジさんは、どこまでも慈悲深い笑みを浮かべて言った。
空木神社でリンドウさんが語っていたこと――『この上なく幸福な器』。
やはりこの村では、本当に先天的に言わざる、聞かざる、見ざるであることが、一種の尊いステータスなのだ。
外の世界の人間から見れば、ちょっと気になる点や偏った信仰に見える部分もあるかもしれない。だが、当人達もまた、己の障害をありのままに、極めて好意的に受け入れている。
(巷で流行りの多様性、ダイバーシティ…。差別も偏見もなく、その個性を神聖なものとして敬うこの村の在り方は、都会なんかより、先進的なんやないか…?)
胸の奥から、そんな奇妙な感銘すら湧き上がってくるのを感じていた。
「というわけで浦部さん、明日もまた、アヤメの手伝いに来ていただけますと非常に助かります」
「わかりました、伺います」
トウジさんに返事をしてから、俺はスミレさんに目線をやり、礼を述べた。
「スミレさん、わざわざ色々と教えてもろて、ありがとうございました」
スミレさんは小さく首を振り、丁寧に頭を下げた。『こちらこそ、手伝ってくれてありがとう』という意図なのだろう。
「では、また明日」
そう言う俺に、彼女は、少しはにかみながら、小さく手を振り返してくれた。
冷たい雪が降るこの村で、彼女といる時間は、ひどく心が休まるような気がした。




