第18話
「俺、Webライターって仕事をやってるんですけどね。ネットの記事を書く仕事ですわ。でも、《《書いとう》》中身なんて、他人の書いたものの焼き直しとか、注目を集めるためだけの誇張とか、そんなのばっかりで。文字数さえ埋まればええ、PVさえ稼げればええっていう、嘘か本当かもわからん有象無象の言葉の海に、毎日溺れてるような気がして。…言葉、っていうもの自体に、なんか、疲れてしもて。…ああ、なんか纏まらんな。すんません、急にこんなこと言うて」
吐き出された取り留めのない吐露を、イツキさんは竹箒を握ったまま、静かに受け止めてくれていた。遮ることも、安易に同情することもしない。その表情には、憐れみや軽蔑といった安易な感情は微塵もなかった。
「そう、でしたか」
暫くの沈黙のあと、イツキさんはゆっくりと顔を上げ、どこまでも穏やかな声音で答えてくれた。
「ケイさん…私たちは、言葉というものをそれほど万能なものだとは考えていないのです。むしろ、人は『私』と発するその瞬間から、本当の真実の世界から零れ落ちてしまう。無理に言葉を紡ごうとすればするほど、真実を切り刻み、心は汚れていく。この村に伝わる古い教えにも、『言葉を捨て、声を収めることこそが、最も清らかな祈りである』という考えがあるのです」
イツキさんの声は驚くほど澄んでおり、俺の濁りきった胸の内に、不思議なぐらいすうっと染み込んでくる。
「インターネット、というのは私にはあまりわかりませんが…あなたは毎日、その激しい流れの中で、誰かのために必死に言葉を紡ぎ、戦い続けてこられた。それは決して、誰にでもできることではありません。あなたがご自身を『換えの効く部品』だと自嘲されるのは、それだけその場所で、真面目に、誠実に言葉と向き合ってきた証拠です。本当に不誠実な人なら、と言葉に疲れ果てたり、自分の在り方に悩んだりもしませんから」
彼はそう言って、愛おしそうな、柔らかな笑みを浮かべた。
「だから…もう、無理に語らなくていいのですよ。言葉なんて、綺麗に飾って無理に紡ぎ出す必要はありません。嘘を吐かず、己を語らず、ただ静かに沈黙のなかに喉を落ち着けること。それこそが、一番の誠実であり、最大の『清め』なのですから。言葉に傷つき、疲れ果ててしまったのなら、今はただその声を休めてください。私は、ご自身の不器用さに悩みながらも、こうして必死に生きようとなさっているあなたは、とても美しく『見えます』」
「俺が…」
思わず、言葉が詰まった。
目が見えないはずの彼から向けられた「見えます」という言葉が、何故か、俺の頭の奥底までを正確に見透かしているように思えてならなかった。
「ええ。だから、そんなに自分を責めないでくださいね」
冷え切った十二月の風の中で、イツキさんの言葉だけが、確かな体温を持って俺の耳の奥に止まっていた。
都会にいた頃、俺の書く文字をただの数字として扱い、金でしか評価しなかった世界とは何もかもが違っていた。語ることを求められず、ただ沈黙していることを許される。それがこれほどの救いになるなんて、思いもしなかった。
「…ありがとうございます、イツキさん。なんか、少し…本当に救われた気がします」
「お役に立てたなら幸いです。またいつでもお話ししてくださいね。語りたくなければ、ただここに居てくださるだけでも構いませんから」
イツキさんは嬉しそうに微笑むと、再び静かに箒を動かし始めた。
サッサッ、という乾いた竹の擦れる音だけが、規則正しく響く。
俺は胸の奥の重荷が少しだけ軽くなったのを感じながら、彼の邪魔をしないようもう一度頭を下げ、目的地であるシオンの商店へと向かって歩き出した。




