第16話
朝、同じように寒さで目が覚めるが、もうこの凍える空気にも少しだけ慣れてきた自分がいた。
スマホをタップして画面を点灯させる。
『12月1日 09:52 圏外』
昨日の山登りと鹿の解体作業の疲れが残っていたのだろう。思いの外長く寝ていたようだ。
布団の中で、ぼんやりとした頭のまま昨日の出来事を反芻する。
俺が相続することになる、曾祖父の土地。大きな敷地と、立派な屋敷。だが、あのような人里離れた辺鄙な山林では、もし売れたとしても雀の涙程度の二束三文にしかならないかもしれない。
(けど、あの屋敷、蔵とかもあったしな…。もしかしたら価値のあるお宝でも眠っとったりしてな)
お宝――その単語が引き金になり、昨日位牌の底から見つけた、あの古びた手記の存在を思い出した。
冷え切った布団からなんとか這い出る。もはや万年床になりつつある布団を気合で畳み、窓の外を見る。切り取られた冬の景色の中で、村は今日も恐ろしいほど静かだった。
一階に降り、エアコンの電源を入れる。
手早くトイレを済ませ、洗面所で水道の水を一口、喉に流し込む。
(たまにはドリップコーヒーでも飲みたいわ。シオンの店に売ってへんかな…)
そんな俗世への未練を少し滲ませつつ、冷蔵庫を開けてカエデさんたちがくれた重箱を取り出した。そういえば、昨日アズサさんにおすそ分けしてもらった鹿のブロック肉もビニール袋に入ったまま冷蔵庫に収まっている。
(今日の昼飯か晩飯にでも、フライパンで焼いて食うか。せっかくの捌きたてやし、冷凍するのももったいないしな)
手早く簡単な朝食を済ませ、昨日アズサさんが来るときに部屋の端に寄せていたノートPCをローテーブルの中央に置き、電源を入れる。
そして、ダウンジャケットのポケットから、問題の物を取り出した。
(これや…)
黄ばんだ和紙を手縫いで綴じた、小さな手記。表紙には、昨日見た通り『梔子沈黙律』の文字が書かれている。
わざわざ位牌の台座の中に隠すように仕舞われていたのだ。何か重大な事実か、あるいは曾祖父が隠したへそくりの場所でも記されているのだろうか。
表紙をめくると、そこには掠れた墨文字で、難解な古い言葉が綴られていた。
俺は早速、キーボードを叩いて文字起こしを始めた。
――――
序:種子の謂れ
およそ人の世は、名の汚■に満ちたり。
産声とともに授かる「名」は、血に刻まれし■寂を穿つ最初の杭なり。
人は目にて欲を拾い、耳にて■■を■え、口にて己という幻を■ぐ。
これ、生■流転の苦なり。
■祖は宣わく。
人、人たるを止めよ。
ただ血の流るる管と成るべし。
そのとき万象は一に帰し、永劫の■■、地に満ちん。
――――
「…全然意味わからん」
思わず画面に向かって呟いた。一部の漢字が虫食いのように潰れてしまっていることもあり、完全には読み取れない。
目、耳、口、という単語がある。やはりこの村に伝わる『三猿』の伝承に関連することなのだろうか。
そして続くのは『苦』という文字。さらに『祖』とあるので、この村を開拓した先祖か何かの教えだろうか。永劫の……なんなのだろう。
(なんやねんこれ、きっしょいわ…。曾祖父さんの恥ずかしいポエムか、何かの書き写しやろか)
最初からこれだと、続きを読むのが途端に億劫になる。
普段の生活で、自分がどれほどWeb検索やAIの意訳機能に依存していたかを思い知らされ、自分の知識の無さにうんざりした。電波が繋がっていれば、一瞬で現代語訳できるだろうに。
「あぁ、インターネットが恋しいわ…」
誰に言うでもなく独り言ちた俺は、意を決して次のページを開いた。目を皿のようにして文字を追い、ノートPCのドキュメントファイルへと必死に打ち込んでいく。
――――
第一章:視の戒
外■の形あるもの、すべて心鏡を曇らす■■なり。
美を見れば執着が芽吹き、■を見れば嫌■が血を濁らす。
誠の■者は、光を拒む。
■を閉ざすにあらず。その■底にこそ、深き闇を宿すべし。
過去の汚■を視ず、■■■変異を視ざる者。
その■■は、■祖の沈黙を映す■淵なり。
先■に光を持たぬ者は、■■より最初の祝■を賜りし守護者なり。
――――
一章…視の戒。やはり戒律についての記述のようだ。
(視…ってことは、やっぱり『見ざる』について書かれとるんやろな)
俺はスマートフォンを取り出し、昨日神社で撮影した、あの歪な三猿のレリーフの画像を再度表示した。
『執着が芽吹く』『誠の………拒む』『…賜りし守護者』。
読み解くことができる箇所を何度も繰り返し読み、画面と見比べ、解読を試みる。これはつまり、「見えないものは守り神」と言っているのだろうか。
(あっ…そういえば…)
そこで、思考が繋がった。
一昨日、空木神社で宮司のリンドウさんが、息子のイツキさんのことを評した時の言葉だ。
――神に愛された、この上なく幸福な『器』。
目が見えないという身体的特徴が、この村においては単なる障害ではなく、神の「祝福」であり「誇り」とされているのだろうか。
手記に書かれた異常な教義が、昨日のリンドウさんの言葉と、気味の悪いピントの合い方でカチリと重なり合った。




