表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
還る血の仔ら  作者: 邑沢 迅
3日目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/59

第14話

 発砲音。


 『沈黙律』なる手記を確認する間もなく、俺は乱雑にそれをポケットに押し込み、外へと出た。


 玄関の鍵を閉め、あたりを見回す。既に夕方になろうとしており、あたりはさらに暗くなっていた。


 門から出て周囲を見回すと、一人の人物が銃のようなものを持って立っていた。

 しきりに森の方向を双眼鏡のようなもので覗き込んでいる。


(変質者、ではないか…というか、無人の廃屋から出てきた俺の方が変質者か…)


「すんません…」


 後ろから不意に声を掛けた、その瞬間だった。

 カチャ。

 銃口が俺の眉間に据えられる。よく見ると三十代くらいの女性だった。険しい顔で俺を睨みつけている。


「あ、あ、あの、俺、怪しいもんとちゃいます…」


 銃を突きつけられた経験などないのに、条件反射で両手を挙げて答えていた。


「あ、ああ!すみません、例の移住者の方でしたか」


 正体がわかると、彼女の表情はふっと柔らかくなり、銃口が降ろされた。

 そもそも銃を向けた時点で犯罪だった記憶がある。だが、この状況では俺の突然の声掛けにも非があるのは明らかで、一方的に責めるのはお門違いだろう。


「野生動物は危険なので、気が張っていて…ほんとすみません」

「いえ、こちらも急に声を掛けてしまって、すみません。何を、してはったんですか」

「これは、ライフルと、レンジファインダー。猟期なので、見ての通り、猟です」


 何故か手に持っている道具を丁寧に紹介してくれた。


「ここは村の端ですし、そこの建物は誰も住んでないし…ちょうどよくて。まさか人がいるとは思いませんでしたが…」


 はは、とバツが悪そうに彼女は笑う。


「あ、そうだ。お詫びと言ってはなんですが、捌きたての鹿、食べてみませんか?」


 指を指す先には、鬱蒼とした暗い森しか見えない。

 鹿を捌くところなんて、直接見たことはなかった。これはこれでいい取材ルポのネタになるかもしれない。


「是非、お願いします」

「よし、じゃあ早速行きましょうか」


 ポケットに押し込んだ手記の厚みを確かめ、俺はその女性と一緒に森の中へと踏み込んだ。


「あ、自己紹介がまだでしたね。私は小島こじまアズサと言います。猟期は鹿とか、猪を狩っている、所謂猟師です」


 大きな荷物を担ぎ、落ち葉で滑る足元を気にも留めず、アズサさんは歩きながら自己紹介をする。


「俺は浦部ケイです。体験移住で…あ、小島って…シオンの?」

「弟と面識あったんですね。あの子、変わり者でしょう?」


 ふふふ、と笑うアズサさん。


 変わっているのはこの村の方ではないか、というのが喉まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。苦笑いで場を繋ぐ。


「あ、あれですね」


 アズサさんの視線の先には、巨大な雄鹿が横たわっていた。


「もうすぐ暗くなるので、さっとやってしまいますね。早くしないと肉が痛みますし」


 アズサさんは手慣れた様子で荷物を下ろす。

 フックを後ろ足に引っ掛け、手近な木に滑車を引っ掛ける。すると、大きな鹿の体がズルズルと引き上げられ、逆さまに吊るされる形となった。


「これが吊るし切りです。血抜きも一緒にできるので」


 立ち上る強烈な獣臭が俺の鼻を襲う。


「この頃の雄鹿は発情期なので、臭いですよね」


 そんな中、アズサさんは手慣れた様子で、腱と首にナイフを入れ、血を抜く。その様子を、俺はスマホのカメラでひたすらに撮影する。

 ナイフが腹に差し入れられると、ビシャ、と中身が露出し、内臓から白い湯気が立ち上る。それは、先ほどまで生きていたという確かな証左だった。


 ズルリ、と内臓が引きずり出される。


「珍しい、ですか?」

「そうですね、鹿自体は食べたことありますけど、こうやって捌くのは初めて見ました」


 話をしながらも、彼女の手際は衰えず解体を進めていく。

 それから一時間ほどで、先程まで鹿だったものが、『肉』へと変貌していた。


 こうしてブルーシートに綺麗に並べられた肉を見ると、人間も一皮剥けば、ただの肉塊なのかもしれないな、とちょっと薄ら寒いものが背筋を通り過ぎた。


「これが、ロース、バラ、腕…あ、すみません、このスコップで、そうですね…そこに、大きな穴を掘ってもらえますか。人が一人、入れるぐらいの」


 アズサさんがザックの横の折りたたみスコップを指す。


「わかりました。でも、何のために?」


 問い返す俺の声は、少し上ずってしまった。

 あたりは日がおちかけ、森は完全に闇に支配されつつある。その薄暗闇の中で、血まみれで、ナイフを持った人間と二人きりだ。


「どうしても、食べられない部分が出てしまうので、埋めるんです。頭とか、毛皮とか、腸とか。野犬とか、カラスなんかに弄ばれても困るので」


 要らないものは、埋める。


 その言葉が、ポケットの中にある『手記』の存在を強く思い出させた。

 これを持っているのを、彼女は知っているのではないか。

 これが何かはわからないが、絶対に見られてはいけないものなのではないか

 もしかして、俺をここに埋めようとしているのではないか。


 そんな愚にもつかない想像が脳内を支配し、酷く冷えた金属製のスコップを握る手が、じっとりと汗ばんでいく。


「早くしないと、夜になってしまいます。私も急ぎますので」


 促す彼女の声には、やはり悪意のかけらも感じられない。だからこそ、俺は逃げ出すこともできず、ただ自分の墓穴になるかもしれない地面に、震える手でスコップを突き立てるしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ