心の準備
「え!? 本人に直接聞いたの!? 麻琴ちゃんって、たまにやることすごいよね…」
「だって…その気がないのに、私から近づいて嫌われたりしたらイヤじゃん?」
「あ~…相手が藍葉くんなら、そう考えるのも分からなくもないかも。まあ、麻琴なら大丈夫だとは思うけど…
それで?藍葉くんはなんて?」
「それは…」
◇
余計なものが一つもない柊斗の部屋に案内されて、拳ひとつ分空けて並んで座る。
部屋は静かだし、距離も近いから、鼓動が聞こえてるんじゃないかと余計に緊張する。
口から飛び出しそうな心臓を押さえ込むようにゴクッと飲み込む。
「い、いきなりなんだけど、柊斗は、私と……キ…スしたい…と、思ったこと、あります…か?」
震えてるの丸わかりの声。自分から聞いたくせに、顔を上げられなくて、ギュッと抱いた膝に顔を埋める。
「………あるよ」
少し沈黙したあと、優しくて心地良い声が私の緊張をふわっと包んでくれた。
腕を少し緩めて覗くと、顔を赤くして恥ずかしそうに口元を隠す柊斗と目が合う。
「…正直、ずっと思ってる。
でも、麻琴に怖がられたり嫌がられたらと思うと、話せなくて……。
前に、やりたいことは話し合おうって言ったけど、手繋ぎたいとか、どこかに行きたいとか言うのとは、全然違うし。
あと、普通に緊張する」
「………よかった~。もし、ないって言われたら、やっぱちょっと寂しいっていうか。
いや、そう言われたからって嫌いになるとかじゃないよ? 勝手にショック受けるだけだから。
でも、やっぱ同じ気持ちなんだって知れて嬉しい」
柊斗の気持ちを聞いたら安心して、体の力がスーッと抜けた。
(柊斗も思ってたんだ……。同じ気持ちだったんだ……)
「麻琴――」
名前を呼ばれて目を開けると、柊斗の顔が近づいて来て――
「えー!! ということは……」
「天音、そんなの分かりきってるじゃん! そういうことでしょ」
期待したキラキラした瞳を向けてくる天音ちゃんとももちゃん。二人の顔を見て、ゆづはそっと目を閉じた。
「うん。その~……」
朝陽に昨日の麻琴との話をすると、過去一デカいため息をつかれた。
「お前ら二人は前世で恋愛に対するトラウマでも抱えてんの?
麻琴が頑張って聞いたのに、しないとか無いだろ」
「その麻琴からストップかけられたんだよ」
「え?あ、そうなの? なんで? 麻琴はしてくれって言ってるようなもんじゃん?」
◇
はじめは殻に閉じこもったみたいに体を力を入れて丸まっていたけど、だんだんと緩んできて、最後は安心したように緩んだ顔が出てきた。
こんな話をして、そんな顔を見せられたら我慢できるはずもなく――
「あ!」
あと5センチってところで、声を上げると、また殻に戻ってしまった。
「…………」
「ごめん! 自分からこんな話しといて、そういうの期待したんじゃないのって思われるかもしれないけど、その……心の準備が不完全でした!
あと、リップ塗ってないから口乾燥してるし、緊張で爆発寸前だし…。だからこれ以上は……。
たぶん、今したら柊斗の顔を一週間は見られなくなりそうだし、話せなくなるかも!」
震える声で言われたら、無理にするわけにもいかず…。
「………わかった。それは困るから、準備できるまで待つよ」
「ワガママでごめん…なさい……。でも、なるべく早く準備整えるので」
「こんなのワガママに入んないよ。それに、付き合った時話したじゃん。イヤだと思ったときは教えて欲しいって。あと、無理しないってのも」
「うん。ありがと」
そう言って腕の隙間から覗かせる緩んだ笑顔に、格好つけたことを少しだけ後悔した。
(これを我慢しろってか……するけど……)
嫌われたり、避けられるくらいなら、どんなに生殺しな状況でも自分を封じ込める。
「はあ~…お前、紳士だな。別にイヤって言ってるわけじゃないんだから思い切っちまえばよかったのに。
意外とそういうの待ってるかもよ?」
「………そうじゃなかったらどうすんだよ。 それに、初めてなのに俺だけが満足するみたいなことしたくない」
「すげぇ~…。麻琴は、お前が彼氏で本当によかったよな。お前以外付き合えないと思うわ。普通の男なら、大半が止められた時点で冷めそうだし」
「そんなんで冷める奴は、結局自分の欲が優先の奴だろ。あと、麻琴が俺以外と付き合うとかありえない」
「ああ~…うん。たしかに。でも、そうやってたらいつになることか…」
◇
「ということで、まずは私が柊斗の顔に慣れることが一番だと思うんです。だから、にらめっこ的な感じで5秒顔を合わせたり、ハグとかしてみたり……。あと……一瞬失礼します…」
なるほどなと思いながら麻琴の話を聞いていると、俺の肩に一瞬重みが。
「………え?…今の……」
「こういうこともした方がいいかなと思って……。ただ……やっぱり心臓が持たない! あと、勝手にやってごめん!」
「はぁ…可愛すぎる…(これを我慢するのかぁ……)」
「なっ!?んっ!?!?」
「……頭、重い?」
「いえいえ!全然! 柊斗の小さい頭支えるくらい何てことないよ! あ、頭が小さいってのは小顔っていう意味で、悪口とかではないから。
……柊斗、いつもありがと」
「こちらこそ」
余裕ぶって麻琴の肩に頭を乗せてみたけど、30秒が限界だった。
◇
『そんな絶好のチャンス逃したの!? そういう時は何も考えず思い切ってしなさいよ!』
『いつまでも大事に大事に取って、結局できませんでした。ってなったらどうするの!?』
事の顛末を話すと、分かってはいたけど責められた。
分かってるよ…。自分から切り出したのに、いざとなったらビビって雰囲気ぶち壊すとか愛想尽かされてもおかしくないレベルだって。
てか、いつまでも柊斗の優しさに甘えてたらマジでそうなるかも……。
そうならないように気をつけないと……
「あ!私ゴミ捨て行ってくるよ!」
(柊斗外掃除って言ってたから会えるかも)
8ヶ月何やってたんだって感じだけど、とりあえず顔を合わせる時間を増やす!そして心臓を鍛える!
そう意気込んでいたら…
「わあ~!二日続けて会えるなんて。なんか、運命感じません?」
「同じ学校にいるから連続で会うのなんて普通だし、こんなことでは運命は感じません」
(まあ、たしかに二日続けて会うのは珍しいけど…)
ゴミ袋を持ったレオンくんと玄関を出たところで鉢合わせ。
行き先が同じだから、仕方なく一緒になったんだけど、レオンくんの隣にいる子の視線がかなり怖い。
(そうだよね…。せっかくレオンくんと一緒だったのに邪魔だよね…)
ただ、私も一緒に行きたいわけじゃない。歩くのを速くしても遅くしてもペースを合わせてくるので、どうしようもなかった。
(てか、レオンくんも察しなよ! 意外と鈍感?)
「今日も柊斗と帰るんですか?」
「うん」
「俺も一緒にいいですか?」
「ううん」
「つれないな~。そうだ。昨日の悩みは解決しました?」
「ん?」
私に続けてゴミをポンと投げ入れたレオンくんは、いきなり顔をグッと近づけた。
「ほら、キスが――」
「ああー!!」
「な、そ、と…」
柊斗が話すわけないし、マリちゃんにも言ってない。
「なんでそのこと……。ああ~俺、結構耳いいんですよ。だから、昨日の独り言聞こえちゃって」
(マジで……? あんな小さかったのに? 地獄耳?特殊能力?)
「それで、いいのがあるから教えようかな~と思って」
「え? そっ……。やっぱ大丈夫。そのことならほぼ解決したし。
ということで。ほら待たせちゃってるの申し訳ないから早く一緒に戻りなよ(てか気まずいから早く戻って)」
“いいの”ってのは少し気にはなったけど、レオンくんの後ろから私を睨む女子の視線にそろそろ限界。
さりげなく離れようと後ずさりすると、私を見ていた二人が「あっ」と声を揃えた。
それと同時に背中に人とぶつかった感覚が…
「すみませ…あ、柊斗! ――って、おゎ……」
パチッと目が合うと、柊斗は何も言わずに私の手を掴み歩き出した。
「あの~…柊斗?」
どこに行くのかなと思ったけど、中庭に着くとピタッと足が止まった。声をかけるけど、こっちを向いてくれない。
いつもと雰囲気が違う柊斗の背中に、「どうしたの?」って聞きたいけど、口が震えてうまく動かない。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう………)
カサッと芝生の音がして目を開けると、さっきまで背を向けていた柊斗が振り向いていた。
「…………さっき、あいつに……キスされた?」
グッと顔を近づけてくる柊斗に、私の小さい心臓がピキンと固まる。
(……………ん!? されてない!されてない!)
頭がクラクラするくらい全力で首を横に振る。
「本当に?」
(されてない!されてない!)
「本当にされてない?」
(うんうんうんうん)
全力で頷いていると、柊斗の「はぁ~」という安心したようなため息が聞こえた。
「焦ったぁ……。あいつが顔近づけたあと叫び声が聞こえたから、てっきり……。いや、それも許せないんだけど。
じゃあ、あの顔近づけてたのは?」
さすがにこれは首では伝えられないので、一旦、柊斗に背を向けて深呼吸。
あいつと麻琴の顔が近かったのを見て、頭が真っ白になった。気付いたら走ってて……
「……いきなり引っ張ってごめん。痛くなかった?」
「全然! 私も柊斗引っ張ったことあるし。あ、私ゴミ袋持ってたから手洗わないと」
両手をヒラヒラさせてニカッと笑う顔を見ると、その顔に近づきたくなって――
「――っ!! へ!? ぁの、い…ま……」
声が裏返り、顔を真っ赤にして、左頬を抑えたまま固まった麻琴は、口を開けたまま瞬きを繰り返していた。
(焦って、ちょっとやり過ぎたかな――)




