浴衣は危険?
「ごめんね麻琴。お詫びにお昼おごるから!」
「いや、俺が提案したんだよ。そしたらクラスのみんなも乗り気でさ。そんなビビると思ってなくて…っていうか、想定と違って……。
あの…麻琴が許してくれないと、俺殺されるかも…。だから許して~…」
じとーっとした目で口をへの字に曲げて、謝る二人を見る麻琴はキレてるというか、拗ねてるというか、恥ずかしがっているというか……。
写真を撮るからと二人に無理矢理井戸に入れられ、その時突然電気が消えた。まあ電気はすぐに点いたけど、問題はそのあと。
井戸の周りを妖怪の格好をした奴らが囲み、麻琴の正面にはのっぺらぼうになった朝陽と前髪を垂れ流した結月が立っていた。
たぶん、麻琴が怖がって俺にしがみついたりするのを見たかったんだろうけど、実際は麻琴が声にならない叫び声を上げ、ビクッと大きく上がった肩が固まった姿だった。
繋いでいた手には握りつぶされるかと思うくらいぎゅーっと力が入って、結構痛い。
とりあえず、俺はすぐに朝陽の頭に拳を落としておいた。
そして今、謝る二人を前に複雑な顔をした麻琴は、はぁーっと大きくため息を吐いた。
「……もういいって。ゆづたちのクラスがこんなに団結が強いとは……クオリティ高いし、まんまと嵌められたし…。それに、いつまでもこのままは恥ずかしいっていうか……」
二人で教室を出ると、朝陽と結月が扉から少し顔を出して「あとでおごるからね!」とニヤけた顔で手を振っていた。
あれは反省してないな。まあ、麻琴がガチでキレたら完全無視するはずだから、手を振り返してるってことは、大丈夫ってことか。
「あの……さっき思いっきり力入れちゃってたよね…痛かったでしょ。ごめんなさい、大丈夫?」
「全然」
本当は、まだ少し痛むけど、ここで痛いなんて言ったら、これから手を繋ぐとき絶対に躊躇うだろうし、下手したらしばらく繋がなくなるかも。それは困る。
「麻琴ちゃん、藍葉くんよかったら寄っていかない?」
声をかけてきたのは相原と川口で、麻琴と一緒に誘われるがまま3組の教室に。
「わぁー…本当にお祭りって感じ! あ、射的ある!一回やってみたいと思ってたんだよね~」
入った瞬間から目を輝かせて、興味津々に屋台が並んでいる教室を見渡しているのが、めっちゃ可愛い。
けど、さっきから浴衣を着ている男を凝視しているのが気になる。
前に推しが浴衣を着ていて喜んでいたし、和装っていいよねとも言っていた。
それに、こういう普段見られない格好は何割か増して見えるって言うし…。もしかしてかっこいいとか思ってたり……
「やっぱいいな……」
(え?)
射的に輪投げ、ヨーヨー釣り、くじ引き。お面が飾られていたり法被や浴衣を着ていて、本当にお祭りに来たような気分になった。
(そういえば、祭りには行かなかったな…)
小さい時は町内の夏祭りに行ったりしていたけど、柊斗のことで色々言われるようになってからは、そういう知り合いに会うことが多いところには行かなくなってしまった。
柊斗も人混み苦手だし、私も苦手だから、夏休みも祭りに行くって考えがなかったけど…浴衣か……
「やっぱいいな…(一回見てみたい…)」
「ねえ!二人も浴衣着てみない? 服の上からだけど、雰囲気出るよ」
「…柊斗の分もあるの?」
「一応、男物もあるよ」
(見たい!めっちゃ見たい!たぶん、柊斗は私がお願いしたら着てくれると思う。でも、無理にってのは…)
「着る」
「「「え!?」」」
意外にも即答するから、私だけじゃなくて二人も柊斗の顔を見て驚いていた。
普段と違う姿を見せて、かっこいいと思われたい。それに、麻琴浴衣姿も見たくて、すぐに返事をした。
服の上から浴衣を簡単に着て出ると、ちょうど麻琴も出てきた。
(これは……ダメだろ…)
分かってはいた。分かってはいたけど…白地にピンクの花柄の浴衣を着た麻琴を見た瞬間、みんなが彼女に浴衣を着て欲しいと言っている意味がマジで分かった。
でも、こんな可愛い格好した彼女を他人に見せる意味は分からん。危ないだろ。確実に目を付けられる。
(これは……ヤバい……)
何を着ても似合うってのは分かってたけど…落ち着いている紺色の浴衣に白い帯姿が似合いすぎてるし、なんか色気的なものもあって恐ろしい……。
教室にいる人の視線が柊斗に集まっているのが分かる。
うん。例え祭りに行く機会があったとしても、浴衣は着てもらわないようにしよう。危なすぎる。危険度を上げるだけだ。
「あの~…お二人さん?見とれるのは分かるけど、何か言ったら?」
「あ!うん。か、かっこいいです…」
「すごい似合ってる。かわいい」
(ちょっと待って…やっぱ浴衣は危険!しかも言われるの二回目!学校祭パワー恐るべし…)
「ありがとう…ございます……」
「あのさ、あいつより似合ってる?あいつよりいい?」
熱が集まった顔を扇ぎながら柊斗の指さす先を見ると、ヨーヨー釣りのところに浴衣を来た男子が。
「ん?それはもちろん。断然かっこいいと思います」
(あの男子には申し訳ないけど、そりゃあ断然、柊斗がかっこいい。なんでそんなこと聞くんだろ?)
「(よし!)よかった」
「イチャつきタイム終わった? ほら写真撮るからこっち来て~」
◇
お祭り気分を満喫して教室を出ると、お昼も食べてないのに、柊斗はクラスの人に「お前がいないと客が来ない」と言われて引っ張られてしまった。
「麻琴~」
呼ばれて振り向くと口裂け女と天狗が手を振ってきた。マスクしないで走って来たら、リアル口裂け女じゃん。マスクしといてほしい。
「お昼食べた?」
「ううん。まだ」
「あれ?柊斗は?」
「今連れ戻された。そうだ!さっきのお詫びでおごってくれるって言ったよね? 柊斗もお昼食べてなくて、何か買って渡そうかなと思ったんだけど一緒に来てもらっていい?」
「「オッケー」」
私の分はゆづに、柊斗の分は朝陽くんに焼きそばを買ってもらって、三人で柊斗に渡しに行った。とはいっても受付の人に渡してってお願いしたんだけど。
そして外階段で二人と一緒に食べた。二人は私を気遣って一緒に回ろうって言ってくれたけど、さすがに邪魔は出来ないので断った。
(結局一時間も一緒にいられなかったな……)
まあ、あれだけ柊斗目当てで来てたらね…仕方ない。渡しに行ったときも、みんな嬉しそうにしてたし。この感じだと明日は一緒に回れないかもな……。
「もう少し一緒にいられると思ったけど……」
一人でどこに行こうかなと考えたとき、まずマリちゃんのところに向かった。
マリちゃんのクラスはメイド喫茶。行ってみると案の定男子の列がすごくて、さすがに一人で並ぶのは…と思い諦めたけど、私がいることに気付いたマリちゃんが出てきてくれた。
「来てくれたの?柊斗は?」
「柊斗はクラスの仕事があって……。ていうか、めちゃくちゃ似合ってるね!可愛すぎない!? え?写真撮っていいですか?」
「ありがと。あ、写真撮ったら柊斗に見せて!もしかしたらポロッと私のこと可愛いって言うかも! それで、明日一緒に来てよ」
「うん。わかった」
可愛い?って聞くのはやめたけど、やっぱり柊斗に可愛いって言って欲しいマリちゃんは、普通の人が見たら、催促しないでも「可愛い」って溢れるポーズを撮り、それを私は写真に収める。実際、周りで見てた人は可愛いって騒いでた。
マリちゃんとツーショットも撮って、私はまたフラフラ歩き始める。
椿さんは美術部の友だちと回ってるし、天音ちゃんとももちゃんは仕事中……。
(明日だったら玲華さんたち来るから、柊斗が抜けられなくても一人で回らなくて済むかな)
一人だとどこかに入る気にもなれず、気付くと中庭に来ていた。桜の木にはもう葉もなく、より寂しく見える。
「ここはいつも静かですね~…」
ずっと賑やかな中にいたからか、この静けさが何だかすごく久しぶりに感じた。
ここでゆっくりしたら、明日のために適当に回ってみようかなと思っていると足音が聞こえてきた。
「こんなところで何してるんですか?」
見上げるとドラキュラの格好をしたレオンくんが、ニコッと笑いながら私の顔を見下ろしてきた。
(そういえばレオンくんのところは、お化け屋敷ってマリちゃんが言ってたな)
「あー………、少し休憩を。でも今から戻るとこ。じゃ」
もう少しいるつもりだったけど、人が来てしまったらそういう訳にもいかない。心の中でため息を吐きながら立ち上がると、行く手を阻むようにレオンくんが前に立った。
「……あの~(邪魔なんだけど)」
「柊斗は一緒じゃないんですか?」
「さっきまで一緒だったけど、クラスの仕事に戻ったよ」
「じゃあ今は一人ってことか。よかったら一緒に回りません?」
もちろん一緒に回らないけど、なんでこんな所にレオンくんが一人でいるのか気になった。一緒に回りたいって人はたくさんいるだろうし、一人で歩いてたら勧誘もたくさんあるはず。周りが放っておくとは思えないんだけど……もしかして…
その時、 “イベント+人気のないところ=告白“ という方程式が頭の中に浮かんだ。
「そんなに見つめてくれるってことは、いいってことですか?」
「いや違います」
「ざ~んねん。しかも即答」
レオンくんはヘラリと笑って、私の目線に合わせて屈んでいた体を起こすけど、私の前から動こうとはしない。
(だから邪魔だって…てか、今から女の子来るんでしょ? 早く立ち去らないと)
横を通ろうと体をずらすと、こっちを見ている白いワンピースの女子と目が合った。
「どうかしました? あ…」
(やっぱそうじゃん! 余計な事考えないで、すぐに行けばよかった! てか、この状況気まず……)
「じゃあ私はこれで……」
後ろを向いているレオンくんの背中にそう言って、私は逃げるように横を通り過ぎ、その子に軽く頭を下げると駆け足で賑やかな校舎に戻った。
「また逃げられたか…」




